プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

2話 鏡の中からやってきたお姫様

 この世界には不思議がある。

 子供のころから、俺はそう確信していた。
 空は何故青いのか? 鳥はどうして飛べるのか? おばけは本当にいるんだろうか? 
 世の中にはわからないことが山ほど転がっていて……でも、大人たちに聞いても誰もが知らないと答える。そんなことは知る必要さえないと、目の前の現状をただただ受け入れていくその姿が、俺には不思議でしょうがなかった。
 誰も教えてくれないなら自分で調べればいいのだと、図書館に立てこもっては本の頁を飽きずに捲る日々。いつの日か、図書館の本をあらかた捲り終えた時に俺は思い知らされたのだ。


 不思議とは誰も理解できずにいるからこそ不思議なのだと。


 本に書いていることは今まで知らなかったことをたくさん教えてくれたが、誰かが知っていることは不思議足りえない。俺が求めるものは、この場所にはないと知った俺は、扉を開けて飛び出していた。
 誰も見たことのない不思議を求めて……。


「というわけで夜の学校に来たわけなんだが」


「どういうわけだ!?」


 俺の独り言に鋭いツッコミを入れたのは幼稚園からの腐れ縁である小太郎だ。


 眼鏡をかけた長身で、優等生然とした見た目だが素行良好というわけではない、やれやれと言いながらいつも俺に付き合ってくれる自慢の友である。


「だって夜の学校だぜ? 健全な男子高校生たるもの一度は訪れるもんだろうが」


「健全な男子高校生ならおとなしく家で寝てると思うがな」


 家でごろごろしていた小太郎を、叩き起こして無理やり連れてきたせいだろうか? 盛大にぶーたれるが、このやり取りも毎度のことなのでスルーすることにする。


むくろ、いい加減お前の趣味に俺を付き合わせるのはやめろ」


「そう言うなよ。夜の学校って何か不思議なことが起こりそうでワクワクしないか?」


「するかよ馬鹿が……それで? 今度は何だ?」


 問答するだけ無駄だと言うように肩を竦めるが、渋々でも付き合ってくれるので面倒見の良い奴だと思う。


「聞いて驚け! 今回はなんと星見ヶ原学園七不思議の一角。『真夜中の13階段』だ。
本来12段しかない屋上へと続く階段が、真夜中の12時にだけ13段になるという話で、この増えた一段は異世界と続く……って聞いてるのかおい!」


「ハイハイスゴイデスネー、怪談で階段とかオシャレデスネー」


「ダジャレじゃねーよ! お前、俺がこの下準備にどれだけ時間かけたか分かってんのか?」


 こっそり学園の鍵に細工をしたり、宿直の教師が徘徊しない時間を、入念に調べ上げて潜入したというのに。
 小太郎はロボットのように無機質なリアクションをして釣れないない対応だ。


「全く無駄な努力ご苦労様だ。高校生にもなって不思議体験探して東西奔走とはな」


「馬鹿野郎! 未知を求める気持ちに歳は関係ねえ。夢も希望もなく、同じことを繰り返し続ける歯車でいいのか?  否、断じて否だ! 宇宙人がいないと誰が決めた? その宇宙人が地球より優れた文明を持ちUFOを所持してないと誰が断言できる? その昔、地動説を唱えたガリレオが知識人を気取った凡愚共に鼻で笑われたように、常識は真理を捉えることなど決してできない」


 キレのある所作でその場でターンを決めると、目的の場所である廊下の奥を見つめながら期待に胸を躍らせた。


「そう、この世界には……不思議がある」


 陶酔に浸る様を小太郎はやれやれと首を振りながら、ようやく目的の階段までたどり着いた。


「見てろ小太郎。俺がレジェンドを作るその様を」


「正直言っていいか? 痛すぎて見ていられないんだが」


「そんなことを言っていられるのも、今のうちだぜ? 一、二の三と」


 半目で笑う小太郎を尻目に、俺は意気揚々と階段をステップで駆けあがる。


「四、五、六」


 この階段が全部で12段なのも昼の内にリサーチ済だ。


「七、八、九」


 そして、もうここまで来たら分かってしまう。踏んでない階段は残り3つで……昼に上った時と階段の数など変わっていないということを。


「十、十一か……今回も、外れだったな」


 嘆息と同時に十二と数えて、階段を上り終える……もしやと思って前を見てもやはり階段はどこにもない。


「まあ、現実なんてこんなものだ。あるわけないだろ? そんな御伽噺おとぎばなしみたいこと」


「……こういうときもあるさ。次は違うかもしれない、そうだろ?」


 俺は強がってそう言ってみるが、小太郎は肩を竦めるだけだった。


「ふぅ……用が済んだみたいだから俺はもう帰るぞ、見たいアニメがあるからな」


「……ああ、面白いのがあったら教えてくれ」


 踵を返して立ち去る前に小太郎はちらっとこちらに見て笑う。


「もちろんだ。その時は俺のアニメ談義に突き合わせるので覚悟しておけ……では良き休日を」


 小太郎はそういって今度こそ立ち去り、その後ろ姿を見送った後に屋上に出るための扉以外に何もない世界を見つめる。


 求めた13段目の階段はどこにもない。


 あるのは夜の学校独特の冷えた静けさだけ……その静寂に、息を吐きながら目を瞑る。この世界には不思議があるはずだ……いまだ誰も見たことのない不思議が。
 俺はいつでもそれを求めてる……現実を覆う常識を、覆してくれるための不思議が、この世界にあってほしいと願ってる。


「帰るか」


 今回は外れだったが、次に見つけられないとは限らない。
 それでも見ようとしない者に、不思議を見つけ出すことはできないと思うからこそ、思う通りの結果を得られなかったことに、いつまでもクヨクヨしている暇なんてない。
 俺は未練を振り切るように……幻の13段目を踏むために一歩踏み出した。
 そして、屋上の扉へと続くだけの空間を踏み出すだけのその一歩は、しかしガリという明らかな段差がある異物を踏みつけていた。


「うん?」


 驚愕と共に、目を見開くとそこには……巨大な鏡台が立っていた。


「は? なんだこれ?」


 突然の出来事に呆然とし、いつの間にか出現した建造物を眺める。
 黄土色の石の台座に嵌った水晶が間の抜けた自分の姿をそこに映し出していた。


「硝子じゃないのか? 透明度の高い鉱石みたいなもんか? いや、でもこんなの見たことないぞ」


 鏡台に近寄って、その鏡面を構成する水晶を叩くと、コンコンと軽妙な音が返ってきた。
 薄い硝子板のようなものではないにも関わらず、その透明度は硝子にも勝る綺麗な水晶。突如目の前に出現した謎の鏡台に、求め続けてきた不思議そのものに、俺の胸はこの非常事態にも関わらず高鳴りを止めることができない。


「すげえ……本当にあったのか、不思議は」


 その瞬間に、今までの苦労が全て報われた気がした。
 どこかにあってほしいと願いながら、でもどこかでそんなことあるわけないと思っていたものが今、目の前にある……目頭が熱くなり、かけていたモノクルを外して潤んでいた滴を拭う。
 俺が感激に浸っていると、不意に水晶が青く輝きだして、眩い光が夜の校舎を照らし出した。


「なんだ? 今度は何が起こるんだ?」


 俺は不安の中に期待も抱きながら、何が起こってもいいようにと数歩下がった。
 一層輝きを増す鏡から発せられていた光が、ついに収束すると……そこから何かの箱を抱いた少女が飛び出してきた。

「は?」

 思わぬ出来事に間の抜けた声が出る。
 丸みを帯びた、美しいというよりも愛嬌のある顔立ちに、純白のドレスを身に纏い、刺繍が入ったヴェールが宙に舞う。
 藍色の花飾りが真白に塗られた衣装に彩りを添えていた。
 何よりも目を引くのは、そのきめ細やかに流れる白の束。
 その輝く白銀の髪に、待ち望んでいたはずの不思議にもかかわらず、その少女に目を奪われた。


「わぁっ!? よ、避けてぇ!」


 だから、勢いのままに落ちてきた少女を避けることもできないままに受け止めると、少女が抱いていた箱が開き、その中に入っていたビー玉のようなものが飛び出した……琥珀色のその球体はそのまま宙を飛んで緩やかな弧を描いて落下し……。


「んぐっ!?」


 そのまま俺の口の中へとゴールした。
 慌てて侵入してきた異物を吐き出そうとするも、突っ込んできた少女の勢いを殺しきれる訳もなく、少女の体を抱きしめたまま……重力に従って階段を揃って転がり落ちる。


「あたっ!?」


 腕の中の少女からそんな悲鳴が上がるのを聞きながら……俺はゴクリと喉を鳴らしてその異物を飲み込んでしまった。


「うっげ、飲んじまったぞ。ぺっぺっ」


 吐き出そうとするも時すでに遅く、ビー玉のような物は胃袋へと落ちていった後のようだ。
 俺は釈然としない気持ちになりながらも、廊下に転がった少女に視線を向けた。


「あう~、頭打った……痛い」


 少女は被っていた花飾り付きのヴェールを取り払うと頭をさすっていた。
 よほど痛かったのか、その声は若干涙ぐんでいる。


「おい、大丈夫か?」


「なんとかタンコブ程度で済みそうです。ごめんなさい、ぶつかっちゃって……大丈夫でしたか?」


 俺は腕を伸ばしたり屈伸したりして異常を確かめてみるが、軽く痛みは感じるけど問題はなさそうだった。
 階段から転げ落ちたのに打ち身だけで済んだのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。


「ああ、こっちも打ち身程度で済んだみたいだ、俺はこの星見ヶ原学園の生徒で神無骸カムナシムクロ。あんたの名前は? 鏡みたいなもんから出てきたみたいだがどこから来た?」


「申し遅れました。私はワロテリアの第二王女、ナニィ・ワロー・テールと言います。ここには女王選抜試験プリンセスセレクションを受けるために来ました」

「ワロテリア? 女王選抜試験プリンセスセレクション?」


 ワロテリアというのは国名かなんかなのだろうか? 俺が頭の中で思い浮かべている間に、少女は何かに気付いたように、周囲を見渡し、廊下に転がった茶色の箱を見つけると笑みを浮かべて駆け寄った。


「あ、あれ? 中身が、宝珠がどこにもない?」


 しかし箱の中身が空っぽであることを確認すると、少女の表情はすぐに希望から絶望へと移り変わる。


「そんな、嘘。私確かに受け取った時に鍵を掛けて……あ、エミィお姉様に見せるために開けたんだった……もしかして、その後に鍵を閉め忘れちゃった!?」


「おい、どうした?」


 一人でわたわたしている少女を心配すると、地獄に仏を見たような顔でこちらに詰め寄ってきた。


「す、すみません。あの、この箱の中に入っていた宝珠を知りませんか!?」


 俺が箱の中を覗くと、確かに中央に何か丸い物を収めておく台座のような物がある。
 しかしそこには何も収められておらず、空っぽの穴が虚しくあるだけだ。


「宝珠? それはどんな形だ? どんな色をしてる? 大きさは……どのぐらいだ」


「えっと、丸くて……色は鈍くて薄汚れた感じっていうのかな? 大きさは、これぐらいなんですけど」


 少女は左手の親指と人差し指をくっつけて丸を作り、俺はそれを見て天井を仰いだ。


「あー、それなら多分知ってるぞ」


「本当ですか? 良かったぁ、なくしたらどうしようかと」


 少女は手を差し出してくる。純真無垢なその微笑みに、俺は苦笑いを浮かべた。


「先に謝っておくが、俺はそれを持ってない」


「はい? それでは宝珠はどこに?」


 キョロキョロと周囲を見渡す少女の肩に手を置くと、俺は諭すように言った。


「悪い、飲んじまった」


 途端、少女の笑みが凍り付いた、人好きしそうな笑みが狼狽と不安に染まっていく。


「そんな!? こ、困ります。あれがないと私は」


「と言われてもなあ」


「吐き出して! 吐き出してってば!」


「む、無茶言うなよ。飲んじまったんだからしょうがないだろ?」


 襟元を掴んで揺さぶってくる少女に困惑する。
 返してやりたいのはやまやまだが、飲んでしまったものをどうすればいいのか。


『はーん、てことはそいつの腹を割って取り出すしかねえってわけか』


 思案に暮れる俺達はその声に中断された。その声の先には、燃えるような瞳、深紅の髪をツインテールに括り、自信満々に控えめな胸を張る一人の少女が、暗い廊下の先でニマニマしながら立っていた。







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