宝石は欲望に煌めく ~素寒貧探偵の拾ったダイヤモンド~

我才文章

第3話 俺たちは一体何と戦っているんだ

さっきまで、明らかに彼女の他に誰もいなかったはずだった。

つい先ほどまで、氷室正義と言う人間は……同じ顔をした5体の水尾真琴と対峙しており。

そこに割って入った黒装束の女以外は、この場から既に立ち去っていたはずだと思っていた。



でも、突然。声がした。

「のどか……武装アームズは必要か?」

それは、気が付いたら彼女の背後にいた。

声の主は、背丈がのっぽで。滅茶苦茶遊んでそうな感じの派手な金髪で。

黒装束の女とペアルック? かなと思ったら、それをもう少しシルバー系のチェーンのアクセサリーでゴッテゴテに飾り付けまくっていて、ファーの飾りも付いていて……。

あれだ。背丈ほどもある大剣を担げば大作RPGの主人公。そんないで立ちをした若い男。

ルックスもイケメンだ。しかし、いい年こいて厨二病かよこいつ。

「必要ない。二手に分かれてアレを片付ける。人混みに紛れる前にだ。面倒な手間がかかるのは避けたい」

「……承知した」

「偽装ダミーもいない、雑魚の集まりだが。出し惜しみはなしで手早く済まそう」

のどか、と呼ばれた黒ずくめの女に対して。男はまるで諫めるかのように言った。

「いや、そこの男の死体を見てみろ。一匹だけは、擬態を済ませた偽装ダミーかもしれん。気を付けろ」

「油断したところで、所詮はゴミは箱に投げ捨てるものだ。こちらを食うだけの力があれば、ゴミに甘んじてはいない」

「まあ、実力は理解している。勝つ心配はしていない。手間を気にかけただけだ」



……なんか、それっぽい用語並べて、それっぽいこと言ってるけど。

さっぱりわかんねえ。



と、気付けば体中に感じていた妙な感覚がなくなっていたことに気付く。

これ、もしかして体の自由が戻ったんじゃないか?

「おい、ティッシュマン。改めて言っておく。先にここを少し離れるがすぐ戻る。逃げるなよ・・・・・?」

釘を刺されたけれど、ふと隣を改めて見てみた。

明らかに死んでいる男の体中に釘が物理的に刺されていた。

明日は我が身よ。なれの果てよ。……こういう時は逆らえませんよね?

「いや、うん。待ってまーす……」

のどか、と呼ばれた黒ずくめの女と大作RPG男は人間とは思えないスピードで跳躍を見せていた。

実際問題、あんなのを人間だと思えないし。実際に人間なんかじゃねえだろうなと思った。

その遠くなっていく背中を、見つめていた。



……ふぅ、状況を整理したい。

先輩から死んだ女の子の安否確認の依頼を受けた。

それを受けて、捜査資料として渡された画像から現場に赴いた。

そこでティッシュ配りを装うつもりで、一発で探偵だって看破されてしまった。

隙を突いて逃げ出した先で、受けた依頼の目標と同じ顔をした五匹? の少女と男の死体。



え? 先輩から電話受けて1日しか経ってないよ? 本気で殺しに来る?

相当ヤバい案件に首を突っ込んだって言うのは理解したけど、ちょっと……まだ一日でしょ?

進展ヤバくない? 運命感じるわ。

と言うか、整理するのはいいけど、何もわかってないけど状況だけは進展してるよ?

いくらなんでもひどすぎるわ。調査報告書に何て書けばいいのよ。

頭を抱えて悩んでみると、息をついたタイミングで丁度よく。



「ただいま。……氷室正義」

返り血一つ浴びていないけれど、割と爽やかな顔で黒ずくめの女が一人帰ってきた。

おい、さっきの男どこに行ったんだ、と思ったけれど。

「おかえりなさい、のどかさん。早かったですね」

さも知っていたかのように、ではなく。

既に知られていた自分の名前を呼ばれて……あ、こりゃ逃げ道ねーわ。と思いました。



「少し、話をしようか。私も鬼じゃない……あんな酷い目に遭ったんだ。警察に突き出したりはしないし、あんな目立つ場所に放り捨てて逃げて行ったお前さんの荷物も預かっている。こんな辛気臭い場所にいつまでもいることはない。……お前さんの仕事先を見物させてもらうがいいか?」

嫌です。

「ヨロコンデー!」

心の声が丸聞こえだろうと、取り繕っても無意味かもしれないけど。そもそも拒否権ないよね。

そういう体で話が進行していくんだと思いました。



と言うわけで、よく分からない通りから……ちょっと見覚えのある人通りのある表通りに戻ってきた。

そこで、何の疑問も抱かずに道路沿いに歩いていたところ、のどかさんが突然声をかけてきた。

「おい!」

「はい、なんでしょうか」

敬語に自然となってしまっていた。

「公園駅の方でも、バス亭に向かうでもない。お前はどこまで行く気だ。タクシー捕まえるにしても駅だろう」

この人は何を言っているのだろうか。当たり前のことを口にした。

「え? このまま歩いて……」

「しょ、正気か? この距離を馬鹿みたいに歩いて……いや、馬鹿。あ、馬鹿だったのか」

無意識過ぎて、心の中を読めなかったとでも言うのだろうか。

彼女の持つ超能力の中身はよくわからないけれど、それに気づいた途端に心の中を読まれたらしい。

「先に謝るが、改めて言わせてもらうぞ。お前は馬鹿だ」

凄い勢いで罵倒されてしまう。

こっちの方を眺めて、明らかに残念そうな顔をした上でわかるようにため息を吐かれた。

「私が金を出す。……時刻表はうろ覚えだが、この時間ならおそらくバスが早いな。バスで行こうか」

「すみません、財布を落としてしまって」

はい、無意味な嘘をつきました。看破されるってわかってても。意地みたいなもんがありました。

「ない見栄を張るな……その財布とやらはコンビニ袋より粗末な代物で、数十円ほどしか入ってないんだろう……」

「つ、つつ! 通帳の中にならちゃんとお金が入ってますよ!」

ノータイムで、一応の事実を言ってみた。

「手を付けられるほどの余裕がないが、未納の奨学金の支払いに充てるだけの金額が2ヶ月分だろう。見栄のために食費を削るのはいいにしても、仮に引き落としても金欠病は治らない雀の涙だけ、な」

……うぐっ! と、心を抉り取られるようなまでの痛烈なブローをぶち込まれて涙目。

「が、学生さん? には社会人の苦労が」

もう泣きたくなってきた。……今までで一番、やさしさのこもった口調でのどかさんは静かに告げる。

なんだろうね。すごく、誰かさんに似ているように思えちゃったんですよね。

「もうやめておけ。こう見えて私も一応、食い扶持は自分で賄っている。よく言えば開店休業、事実を直球で告げれば半ばニートの名ばかりの実績ゼロ探偵は傷に塩を塗るのが趣味なのか?」

……死にたい。いや、でも。さっき死にそうな目に遭ったばかりだし死にたくない。

生きたい。違うな……もういっそ、生まれ変わりたい……。

そんな悲しいことを痛感した。次の人生はもっとうまくやるでしょう。



顔を見るたびに、ため息を吐かれながらも、バスに揺られながら……城戸駅前の停留所に到着した。



アトリビル2F、城戸駅前。アクセスも割といい穴場です。

「我が居城!」

と、豪語してみたはいいが、寂れた事務所。……オンボロビルの一室。

「小耳に挟んだが、この近辺のビルは建築基準の見直しとかで半年後には建て直しが計画されているらしいな」

そこに、のどかさんがノータイムで食い付いてきた。

「……え? 本当ですか?」

「お前さんのお仲間とは言わんが、お隣さんの派遣会社も移転の準備をしているだろう? 知らなかったのか?」

答える必要はない。知らなかったのは、顔を見てもらえば心など読まずともすぐわかる。

……そんなタイミングで都合よく持ち歩いていたマグホが音を鳴らした。

咄嗟のことだがカウントダウンが4を告げる前に反射的に電話の呼び出しに応じた。

相手は当然、あの人以外にいない。

「いやいや、無理に今出なくていいよ。珍しくも接客中でしょ? アッハッハ」

相変わらず神経を逆なでするような声をしてやがる。

「先輩! 俺はマジで死にかけたんですよ?」

よく笑って言ってくれるな。とちょっとだけ腹が立ってそう言った。

「え? ああ……うん。いきなり逃げ出すところとかは爆笑したね。表通りを外れるまでは見てたよ?」

まるで、ではない。……見てた。そう、確実に言った。

見てた。……リアルタイムで? 見てたの?

「見てたってどう言う意味ですか?」

「後で話すよ。……事務所の来客対応中に失礼したね。……半年後の立ち退きは、覚悟しといてね」

盗聴器!? どこに!?

プツッ、と……電話が途切れた。……後で話すよ? 本当に、先輩は何者なのだろう。



電話の対応を冷ややかな目で見つめていたのどかさんが、こっちの方を向き直り。

錆ついていたボロいパイプ椅子に腰をかけた。

「……さて、改めて。私の名前を言っていなかったな。水原のどかだ。職業は、まあ……清掃業のボランティアと言ったところか? 害虫駆除を生業としている」

おそらく、だが。……ゴミと言って追いかけて行ったあの5人。あれはのどかさんの標的だったのだろう。

「害虫駆除……って言うと、あの水尾真琴! ご存知なんですか? のどかさんは」

その名前を口に出すと、とんでもない形相でこちらをにらみつけてきた。

「……!? 水尾真琴だと……? お前、何故その名を……いや。話がむしろ早くなったな。氷室正義、その件は後で言及する。まずは私の話を聞いて欲しい。お前の疑問は晴れるだろうし、私の用件も話しやすくなる」

それもそうだ。……聞きたいことが多すぎるが、いちいち突っかかっては説明もしきれないだろう。

「かいつまんで言うと、お前を襲った怪物。あれは、人間ではない」

一息置いて、彼女はそう言った。

「やっぱり、人間じゃなかった……」

「ああ。アレは人間ではないし、この地球上にある物質で構成されてすらいない。外宇宙から接触してきたアストラル物質構造の……まあ、簡単に言うと、感情エネルギーを基に物質界に権限した宇宙害獣と言った感じのそれだ」

「……?」

「あー……もっとわかりやすく言う。外の宇宙から来た害獣だ。奴らはこの世界に形を成さないが、こちら側の世界に一方的に干渉……えーっと。いや、ちょっかいを出せる。こちら側からちょっかいを出すことは基本的には出来ない」

うん、わかりにくいけど分かったような気はする。

「なるほど」

大学出てるけど、偏差値高くなかったししょうがないよね。文系だったし?

うーん、宇宙外の害獣ってSFっぽいけど……

「……別に、奴らの存在がどういうものかって言うのは、この際そんなに重要じゃない。だが、奴らがどう言った存在なのかを端的に示す記号として……奴等全般を私たちのような裏側の連中はこう呼称する。甦死レイズデッドと。つまり……」

なんか、微妙に慰められたような気がするけど、気のせいだな。うん。

レイズって言葉は、大作RPGで知ってるし。Deadは死。

まさか、化け物に襲われたおかげで……知りたいことの真相、核心に近付けるとは思っていなかった。

「奴等は死んだ人間に成り代わり、成りすますことで人々の暮らしに溶け込み牙を向く。死んだはずの蘇った人間モドキだ」

水尾真琴と言う少女の迎えた結末は、明らかなる死。……ということは。

この事実だけで、依頼を達成できたんじゃないか? と、この時は軽く考えたわけだが。

「……お前の考えていることはわかるが。次に聞かせることで恐らく期待を裏切ることになる」

あ、はい。……黙って話を聞いて。話を整理していけばいいんですね。

「まず、お前が水尾真琴と呼んだアレだが。そもそも、あの段階の甦死には顔すらない。初期段階ゆえに顔無し、ノーフェイスと呼ばれる存在だ。標的と定めた人物が、その時点で一番会いたがっている死人の姿を取る。だが、実力的には才能タレントの強度ランクがD+程度あれば対抗できる程度の雑魚だ」

……なるほど。死んだと聞いていたし、画像でも鮮明に顔を覚えるように叩き込んだくらいだ。

実際、今回の依頼の件で会わなきゃならなかった人物と言えばその通りだ。

今回の依頼の件がなければ……誰になったのだろうか? まあ、いいや。

才能とか、強度とか言われても分かんないけど。とりあえず弱いと言う話らしい。

どう考えても、無手の一市民が相手できるような存在ではなかったのは体感できたんですけどね。

「甦死レイズデッドは、段階を踏んで進化と言うか……マテリ……実体化の強度が上がっていく。初期段階として、顔無しノーフェイス、次段階として偽装ダミー、最終段階の復活者リバイブと言う具合に。と言っても、復活者リバイブなんて存在はまず目にすることはない」

化け物の話について……もっと詳しく聞けるのだろうと思っていたところで。

一息を置いて、彼女は言った。

「……氷室正義。お前はこんな吐瀉物をまき散らした肥溜めよりも、よっぽどクソッタレな街で……真っ直ぐなまま生きていられたもんだ。正直、羨ましいくらいだ」

「えっと……? 何ですか唐突に」



この人に会った時から、理不尽なものを感じていたが。

これほどまでに一方的に納得が出来ない言葉を叩きつけられたのは、この時が初めてだった。

「これは忠告だ。水尾真琴を始めとして……甦死や、失踪者や行方不明者。諸々を込めて、この件に首を挟むべきではない。先ほど、酷い目に遭ったのを勉強代として……この事件から下りろ」



メタなことを言うと。

宝石も、欲望に煌めくどころか……拾う前に全否定をされてしまった素寒貧の男がそこにいた。

「お前は、探偵なんかに向いていない。……田舎にでも引っ込んで、普通の人生を送った方がいい……」

冷たく言い放った、彼女の眼差しはおそらく……本気と書いてマジだった。

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