宝石は欲望に煌めく ~素寒貧探偵の拾ったダイヤモンド~

我才文章

第2話 ビラ配りは営業の基本

運命の出会いなんて言うものは、突拍子もないものだ。

前触れも予測も心の準備も、何もないところからやってくる。

でも、間違いなく運命的だったのだと。そう感じてしまうから、運命なわけだ。

人生を変えてしまうほどにまで、運命的なものだとすれば尚更に。



先輩から借りている端末。それを眺めつつ歩いていく。

目的地は、資料の中で少女がSNSの画像に写りこんでいた通りだ。



『今日はずっと行きたかった戸有市へ、きーくんとデート☆』



正直、どうでもいい自己満足の呟きの自撮り写真。

いや、本当に赤の他人だしどうでもいいんだけど。よくないのは……。

でかでかと前面に押し出ている頭のユルそうなカップルのイラつかせる顔ではなく。

後ろを通り過ぎる姿が小さくも鮮明に映り込んだ、死んだはずの少女と。その理由なわけだ。

肖像権とかを慮っているとは思えないユルそうな頭とかはイライラするけれど。

今回の件は、仕事に繋がっているのだから感謝したいところではあるから複雑だ。



龍鏡区の秋山公園前のアーケード街の通り。

我が居城であるアトリビル2F、氷室探偵事務所から徒歩で50分。

城戸駅前の公共バスなら、確か13分で230円。

選択肢はあるものの、ないも同然。久しぶりにちょっと歩いた気がする。

ようやくたどり着いた、この通りだ。写真に映っている喫茶店やら雑貨屋の並びもそのままだ。

この画像の少女が何者であるか。何の目的でここに近付いたのか。

この近辺に住んでいる可能性もある。単に通りがかっただけと言うこともありうる。

手がかりが、映り込んだ画像だけと言うのも何とも言えない。

だが、それでも……引き受けた依頼だ。現場百回とか言う言葉は捜査の基本。

人捜しにおいては、まあ。……与えられている手がかりがこれだけって言うのもある。

さて、捜査は足で行うものであるわけだけだが。

ここに来た時点で、目的は半分は達成したようなものだが。

当然、ここからがお仕事なのは言うまでもない。

さて、人通りも少し出てきた。少し声を張り出してみるとする。



「空いた時間に自由にお仕事! 一日2時間からOK、ワールドミラーの新規登録説明会どうぞ」



大量のポケットティッシュ。……結構、この街では仕事が溢れている。

氷室探偵事務所の隣室にある、人材派遣の会社。

新薬の治験、健康食品の試食。……割と、胡散臭い仕事も扱っているところだが。

近所付き合いとして、一応登録もしたし……腹が減った時にメシが食えて金も貰えるほどのありがたい仕事。

そういう仕事を紹介する派遣会社、ワールドミラー。規模も小さいが、この街ならではの仕事に就きやすい。

やりたいことをやるためにも、先立つものとして……カネは必要になる。

仕事と言うのは、要するにビラ配り。ティッシュ配りだ。



勿論、これは……この通りにボーっと突っ立っているだけでは何も生み出さないし。

ただ単にずーっと突っ立っているのも怪しい人物という他ないだろう。



現場百篇。捜査の基本。それに、人にティッシュを配るという行為であれば、間近でその顔も確認できる。

現場に本人が戻ってくるなんて言う可能性がゼロじゃない。

まあ、ゼロじゃないだけで……可能性は薄いんだけれど。

それでも、何もしないでいるよりはマシだし。何かきっかけがあれば道行く人に聞き込みもしていこうか。



「……おい」



一瞬だった。背後から声がした。

ここでやろうとしていたことは、ただの一瞬でかき消されることになった。

結論から言えば、偶然とは言えども……この運命的な出会いで事件の真相に近付くことになるのだが。

迂闊であり間抜けだけれど。らしいって言えば、らしい出会いだった。



「キャッチセールス禁止。立て看板も見えないくらいにその顔の前にくっついた、二つの穴は節穴なのか?」

感情のこもっていない、抑揚があまりない呟くようにか細い声が耳に届く。

振り向けば、声の主がそこに立っている。

「許可を取っていないなら、市の迷惑防止条例違反につき厳重注意。それと罰金刑だ。見ない顔だが、許可は?」

あまりにも突然過ぎて、素っ頓狂にまで間抜けな声が自然と出た。

「……え?」

声の主は、悪目立ちをしないように地味な格好をしているつもりのせいで逆に目立つ格好。

全身を黒ずくめの服で覆っていた。体の線がはっきりとは見えないものの、体格は小柄。

整った中性的な顔立ちをしていて、男にも見えなくはなかった。

しかし薄化粧。口紅が見て取れたために恐らく女だ。

「許可だ、許可。興味はないが、この通りで広告等のセールス紛いのことをやるなら、区役所の交通課だったか?そこに許可をとるべきだろう」

声の主と、目が合った・・・・・。すると……彼女は驚くようなことを口にした。



「なんだ、お前。……探偵・・か」



目は口程に物を言う、と言う言葉は確かに存在するが。……彼女の口から出た言葉だが。

それは、吐き捨てるように。そして、事実であることを確信して口に出した言葉にしか聞こえなかった。

「!?」

カマをかけるとか、そう言う類ではない。……彼女は、目を見ただけで身分までも看破した。

(超能力……読心術か?)

まるで心を読んだかのように、と言う例えは正確ではない。

胸中に抱いた、口に出していない疑問を浮かべただけで、それにつまらなさそうに彼女は答えた。

「『悔恨リグレット』と言う種別ジャンルに属する、つまらない芸の一つだ。……お前は才能タレントを持っていないように思うが……」

この街は、夢が叶う場所の近くにある。魔法とか、超能力とかが実際にあると言うのは聞いたこともあるが。

間近でその能力を持つ人物に出会ったのは初めてで……心臓が止まるかな? と思うくらいの衝撃を受けた。

いや、死ぬかと思ったは大袈裟だけど。正直、気を失うくらいには驚きがあった。

でも、罰金って話題が上がった時点で、立ち止まる訳にはいかなかった。

「ええっと……」

何か、手立てはあるはずだ。……そう思って。



早速踵をかえs

「逃げても無駄だ」



肩をガシッと掴まれた。……何だこれ。ちょっと、おかしいわ。

どう見ても、そのか細い腕から出せるほどの力とは到底思えないわ。ありえない。

「私が嫌いなものはたくさんあるが、とりあえず三つほど。一つは、探偵。一つは、卑怯者。一つは、往生際の悪い男。……いや、これは凄い偶然だ。……私の目の前に全てが揃っているクソ野郎がいるじゃないか」

これは、一世一代の窮地だ。考えるのでは、看破される。

本能、閃き、直感、勘。一瞬で良い。

直感を信じて、考えてはならない。頭に頼るのはやめて、次の一手を体に任せた。



「お金はないんです!!!! 見逃してください!!!!!」



物凄い大声で叫んでいた。何か揉め事をやっているのか? と、遠巻きに通り過ぎる通行人たち。

それが一斉にこちらの方を見た。

この行動は予測さえ出来なかった黒装束の女は、突然の出来事に肩に入れている力を緩めた。

それにしてもなんだ、とっさに出たこの台詞。面白すぎだろ。……泣けてくるくらいには。

その一瞬のスキを突いた。

肩に置かれた力強くもか細い腕を払いのけ、荷物にもならないポケットティッシュの山と言うゴミを捨てて走り出した。



後で振り返ってみても、この一手は悪手である。そもそも、逃げ出すことに意味はないのだから。

やろうとしていたことはビラ配り。つまりは連絡先になるものをその場に放置だ。

「あ。……!? おい、ちょっと待て!」

しかも、この時に致命的なミスをしてしまったことに気付いていなかった。

文字通りの意味で、命に係わることになるほどの、取り返しのつかないミスになるとは思いもしなかったが。



着の身着のまま、走り出して。……どこともよくわからない場所にやってきた。

昼間だと言うのに、表通りを外れて少し薄暗い区画にやってきてしまったらしい。

最近、運動不足だったと後悔をした割には、割と体は動いてくれた。

息切れと動悸が激しい。あと、凄い汗。……日頃の生活態度って大事かもしれないが。

常に空きっ腹の貧乏人にはスポーツや運動は道楽ではなく拷問である。



「……? にしても、ここはどこだ?」

人通りが少ないにしても、ちょっと薄暗すぎる。……と、思ったのも束の間。

普段日常生活で嗅ぎなれていない異臭を感じた。

それは、鼻が曲がる悪臭と言うわけではないのだが。……嫌悪感を付きまとわせる臭い。



「……これ、もしかして」



血の臭いじゃないだろうか?

ちょっと転んで擦りむいて、って言う血の量じゃない。

これは、おそらくおびただしいくらいの量じゃなきゃ……ここまでひどく強い臭いにはならないはず。



「ねえ、お兄さん」

声がした。……ここは、そもそも一体どこなのかもわからないのだが。

声のする方に、近寄るしかないだろう。……本能は叫んでいる。

ニゲロ、と。……しかし、逃げる方向すら、正直暗さでよくわからないし。



そもそも、だ。……まるで、何かにおびき寄せられるように・・・・・・・・・・・・・・ここに来た感覚がある。

これ、多分だけど……逃げられないヤツだと、頭では思っている。体が勝手に動く感覚すらある。



一瞬だけ、薄日が差した。……薄暗い路地からした、一人の少女の声。

声の主の顔が、一瞬だけ。はっきりと見えた。



見間違えじゃないだろうか? と、一瞬。

自分自身を疑って……シャツのポケットからそれを取り出そうとする。

しかし、それ・・はなかった。

致命的なミス……それは、シャツのポケットにねじ込んでおいた、例の少女の拡大画像。

「私を探していたの?」

その質問のせいで、はっきりと理解したし。見間違えでもないなと確信した。



とんでもない光景だ。……それは、不気味な光景で。

目を覆いたくなるし、思わず夢なんじゃないかと思って強く頬に爪を立ててイテっと声が出る光景。



『水尾真琴』がそこにいた。

いや、この言い回しでは齟齬が生じる。

報告は正確に。社会人の基礎マナーだろう。社会人経験ないけど。



『水尾真琴』たち・・が5人もいた。

死んだはずの同じ顔の少女が、同じ場所に、同時に。何故?

血塗れの、路地裏の通りで。



そして、その傍らにあった・・・のは、若い男? と思しき新鮮な死体だった。

死体と分かる理由は、簡単だ。それは、人間の体だったとは言えるが。

正直、性別にすら自信を持って答えられるとは言えないくらいにボロボロにされていたからだ。

薄暗くても、多分。……相当、ひどい目に遭って殺されたことがわかる。

怨恨目的の殺人でも、ここまでひどい有様にならないだろうと自信を持って言える。



「えっと、何者なんだ? 君たちは……」

「それを知って、どうするの?」

「仕事なんだ。……お金がもらえる」

そう、これはそう言う次元のレベルの……とんでもない事件だったらしい。

一千万円の依頼って、本当に凄い。文字通り命懸けになるなんて……思ってもみなかった。



「へえ、そんなもののために。今から死ぬんだ?」



本能が叫んでいた。ここから、一刻も早く逃げ出せ! 手遅れに……いや、どこに逃げればいいんだ?

そもそも、体が思うように動かない!? 本当に理不尽なことに直面していると痛感する。

この、酷い理不尽な感覚は……さっきも味わったばかり。

心の中を見透かされるような感覚とは、別種のものだけれど。近いものを感じる。

「才能タレントもないくせに、この街に来るから……私たちの餌・になるなんてかわいそう」

「かわいそうだって、思うんだったら……見逃してくれないかな?」

これは、無意味な命乞いだとわかっていても言わざるを得ない。

当然、返ってくる答えも無慈悲なものだった。

「豚や牛をかわいそうだと思っても、結局食べるでしょ?」

餌、と言う表現や食事と言った。……ああ、これはいわゆるアレだな。

一人の人間に対して、餌と言う表現を使ってしまうようなレベルの……怪物。

バケモノ。……そんな厄介なモンを追っていたのか。

何もしてこないで、現実から目を背けて逃げ続けてきた結果。

非現実的な化け物が現実を侵食してきて、食われてしまう。

そんなバカげた話があっていいのか? よくはないだろう。

百人中百人が聞いたら、そりゃないよね。って答えてくれるだろう。

でも、表面的な同情とか、突拍子もないことに対しての理解が追いつかないとか。

そう言う納得みたいなもんは、今ここでは関係が一切ない。



死にたくねえよ!? これだけは、自信を持って言えることだった。



何かが起きて欲しい。……奇跡とか、不思議なこととか、ヒーローが登場して怪人を倒すとか。

怪人に襲われる、哀れな一般市民。その役目を演じているだけなら出演料も出して欲しいくらいだ。

「お望みの調理方法はある? 下味はつけるけど、最後の料理にする段階でさ……」

下味とか、嫌な予感しかしないワードだな。少女たちは続けた。

「時間かかるやつはダメだけど、例えば焼死、感電死、窒息死、出血多量、毒死……」

思った以上に不穏な単語が並びまくったので……ちょっとだけ強がってみた。

「ふ、腹上死」

冗談を言っただけのつもりだったのだが、返ってきた反応は意外なもので……。

「うーん……ちょっと手間かかるから今回はパスで」

あるのかよ! でも、多分……思ってるものとは違うんだろうな……。

当然、そんな死に方もしたくない。そもそも死にたくない。

「劇薬のプールで泳がせたり、パラシュート無しのスカイダイビングとかやってみたいけど」

少しだけ、気付いた。

同じ顔をした少女たちは、ブラックユーモアをふんだんに使った会話をしている割に。

目が笑っていない。……声もまるで楽しんでいるようにさえ思えない。

つまらなさそう、と言う興味だとか、そういうのですらない。

「何が楽しくてこんなことをするんだ?」

この質問が、最後の質問になるとは思っていなかった。



「楽しいとか、悲しいとか、嬉しいとか、悔しいとか。そう言った類の感情モノはないぞ」

第三者の声がした。

……突然、薄暗い路地裏が明るくなった。いや、正確には。



突然、周囲が燃え広がりだした。



「また会ったな、ティッシュマン。助けてやるから、逃げるなよ」

会いたくなかったけれど、とても嬉しい言葉をかけられた。

「しかし……ついてないな。顔無しノーフェイスが5体か。ゴミ掃除は結構だが、偽装ダミーもいないって言うのは本当に手間の割には見返りも少ない」



さっきまで、散々なまでにいじめてくれてた水尾真琴の顔をした5人は……黒ずくめの女の姿を確認するや否や……。

一目散に散開して、退散しようとしていた。こちらへの興味は失ったらしいが……。



「ティッシュマン。巻き込まれたのは運がなかったが……無傷なままでいたのは運がよかったな。安心しろ。……アレは全部、一匹残らず始末する」



理解が全く追いつかない中で、何故だろうか。

彼女が右腕に付けていた、赤く輝きを放つ石をはめたブレスレットがやけに気になったんだ。

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