その日、僕は初めて自分を知りました。

椎名蒼

赤紙編⑬

その日、春間は木村が入院する病院へ赴いた。初めての訪問からもう3回以上が経っている。看護師は春間を見ると、怪訝そうな顔をした。春間はそんな看護師を見て軽く会釈した。自分の生徒がこのような状態になっているのに、病院側からは一切面会の許可が得られなかったのである。それは、我が教え子の精神状態がそれほどまでに危険な状態になっているということを示しているに違いがなかった。いや、あるいは…
木村をこんな状態になるまで何もできなかった自分にはそのような権利もなかったのかもしれない。いずれにせよ、彼の身に一体何があったのか。それを本人の口から可能であるなら聞きたい。それが春間がその時一番強く願っていることでもあった。だが、春間自身の中では薄々答えが見えていたのかもしれない。

彼はいじめを受けていた。それもかなり過激ないじめを。
しかし、誰が…


春間にはその心当たりがある人物は一人に限られていた。大内友永。彼は担任の春間から見ても、凶悪な存在であった。教師としてではなく、一人の人間として春間は彼にはあまり近寄りたくなかった。あの子の自分を見る目…一人はなつ不気味なオーラ。
あの子は…
ともかく、今日こそは木村と会わなくては。あってしっかり話を聞かなければ。
春間が歩を進めると、看護師は「すみません」と短く春間を呼び止めた。
「何度も来られても同じなんです。木村君との面会はご家族と特別なご友人にしかおりていなくて。」
「特別な友人?」
「はい。木村くんととても親しかったお友達です。あまり詳しいことはお話しできませんが、面会は今の所その方たちしか。あとはたまに事情聴取がはいって刑事さんたちが来ます。今も多分来られていると思うので」

赤宮くん?

春間は木村の特別な友人と言われ真っ先に彼の名前が思い浮かんだ。彼はここに来たということか。彼は木村の身に何があったか知っているのだろうか。
その時、隔離病棟の方から凄まじい叫び声が広がった。春間はふとそちらを見るとその様子さえ窺えなかったが誰かが何かをずっと必死に…同じことを何度も何度も叫ぶ少年の声を確かに聞き取ることができた。

「僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くないっ!!!」

木村くん…?

ふと隔離病棟の固く閉ざされた重い扉が開き、刑事たちが素早く出てきた。頭をぽりぽり掻きながら困ったような年配の刑事と若い刑事。木村が永田を殺したと判明した翌日、学校を訪れてきた刑事たちだった。彼らは今日は観念しましたと言わんばかりにそそくさと病棟を出て行ってしまった。

あっ…

春間はふと思い返すと刑事たちが出て行った扉の方へ振り返り、彼らを追った。

「ちょっと待ってください。」

春間が追いかけると二人の刑事の背中がまだあった。刑事たちは春間の声に気づくと足を止め、「あなたは…」と少し驚いたような表情を見せる。

「木村くんの学校のクラスの担任の春間菜穂子と申します。」

「春間先生。どうされたのですか?」

「突然申し訳ありません。彼に会いに来たのですが中に入れてもらえず、刑事さんたちがうちの学校に来られた時もほとんど話せなかったもので…木村がなぜ永田くんを殺してしまったのか彼に直接話を聞きに来たんですけど…その…」

「我々も本人の口からまだ何も聞けていないんです。彼の今の精神状態ではそれも困難ですし、刑事責任を問えるかどうかもわかりません。未成年の犯罪ですが、ここまで残虐な殺し方を見たのは数十年ぶりです。」

「残虐?」

そう、春間は何も聞かされていなかった。刑事たちには学校での事情聴取の際、彼の変わった所や最近の言動について聞かれただけであった。報道機関は未成年の犯罪であり、本人からの詳しい調書が取れていないため、同級生を殺し遺体を埋めたというところまでしか報道されていない。
永田将暉の遺体が発見された時の詳しい状況を知るのは刑事と学校の校長だけだった。


刑事たちは永田の遺体が発見された時のことを春馬に詳しく教えてくれた。それは彼女の想像をはるかに上回る残忍なものであった。






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