その日、僕は初めて自分を知りました。

椎名蒼

赤紙編④

雨は少しずつ雨足を強くしていった。
昇降口を出た僕と中谷は何も会話することなくそれぞれ別の方向へと歩を進めた。
本当は一緒に話しながら帰るつもりだった。だが、中谷はそれを固く拒んだ。


理由を聞いてもただ一言、お前に迷惑かけたくないからの一押しである。


中谷は僕が自分といることで僕自身に赤紙が送りつけられることを一番恐れていた。僕もこんなことが正しいのか正しくないかだなんてわからなかった。僕らはもう友達だ。なのに、なぜ普通に......みんなと同じように帰ることが許されないのだろうか。


仲良く横断歩道を渡る幼稚園児たち、傘を振り回して周りの子と戯れる小学生、近所の奥様たちや手をつなぎ、愛を誓い合う恋人。


それらを目にしていくうちに僕は自然と涙を流していた。


なぜ?なぜ僕は涙を流しているのだろう。


その時の僕は何よりも自分が驚いていたと思う。自然と胸が熱くなり、鼻がジンとした。
さっきまでの思い出。確かに放課後の理科準備室で中谷は笑っていた。数学を解いていた。数学が得意なことを威張ってやがった。


『赤宮、ありがとな』


さっきまでの中谷との当たり前な日常......それが残像として頭をフラッシュバックさせる。ただそれだけなのになぜこんなに涙が出るのだろうか。


神様


何故ですか


何故中谷なのですか


そして、何故こんな意味もない悲劇が繰り返されるのですか。


僕らは、普通の中学生なのに......




何故争わなければならないのですか。










中谷が赤紙を手に取ったあの日。そう、あの日。僕は親友であった木村が精神科に入院したと聞かされた。


茜色をした夕焼けが僕の真っ暗になった心を照らしていた。教室には何日か前から空席になっていた木村の机がポツンとそこに置かれていた。僕はゆっくりと木村の席に近づいた。引き出しを開くとそこには一枚の赤紙と落書きだらけの教科書だけが取り残されていた。


僕はそれを見た瞬間、なんとも言えない思いがこみ上げた。赤紙を破った。破って破って粉々にした。それを床に撒き散らすと、拳を机に思いっきり叩きつけた。


そして隣の席の椅子を引き、そこにへたり込んだ。


木村は以前の木村ではない。掃除の時間が終わるたびに汚水を顔の上からかけられ、裸にされて写真を撮られながら給食に異物を仕込まれ叩かれ蹴られ蔑まされ無視されトイレで泣きながら誰かが自分を助けてくれることをひたすら待っていたに違いない。目はうつろになり無気力で焦点があっていない。


そんな彼に何故僕は救いの手をさしてやらなかったのだろうか。


こんな愚かで卑劣ないじめの根源は僕ら見て見ぬ振りをする第三者だ。


だが、そんな僕らがいつか行動を起こさなければこの愚行はいつまでたっても終わりなど迎えはしないだろう。




入学からの1ヶ月、木村はあの日まで、生きることを忘れはしなかった。


あの日までは......

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