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その日、僕は初めて自分を知りました。

椎名蒼

赤紙編②

幼い頃から中谷は平穏に生きてきた。
周りのペースに合わせて、争いごとを避け、喧嘩さえしたことのない本当に平穏な人生を歩んできた。


しかし、そんなの嘘っぱちだった。


本当はもう少しだけ自由に生きてみたい。そう思ったことなど、何度もあったからだ。


でもこれでようやくわかった。結局自分は自由に生きようが、周りに合わせて生きようがこうなる運命だったのだ。


いつから歯車が狂ったのか....それは自分にもわからなかった。


そして、どうして自分だけがこんな目に遭わなければならないのかそれを心の中で非難し続けた。それは悲しみだったのか怒りだったのか妬みなのか嫉みなのかそれさえもわからなかった。


自分という名の存在....そして、その意味。


そんなものに苦しみを抱きかけたとき、赤宮俊哉は自分の前に現れた。


彼の救いの手はそんな自分から見て、一筋の希望のように思えてならなかった。








5月5日。その日、僕が登校すると中谷へのいじめは始まっていた。


僕は誰に挨拶するわけでもなく、鞄を机の上におろした。そして、他の皆もまるで何事もないかのように振舞っていた。あるものは友達と楽しく話し、あるものは勉強し、あるものは読書をして過ごし、あるものは寝ていた。


しかし、皆心のどこかでは恐れている。


この無差別的ないじめの標的にされる日を、皆恐れていた。








僕らのクラスでは入学からわずか1ヶ月というにもかかわらず、赤紙なるものによる学級内のいじめが風習となっていた。


主犯とされる大内友永はいじめの標的となるターゲットへ何らかの方法で赤紙を送りつけ、無差別的ないじめを繰り返した。その目的は大内によるストレス発散だとされているが、そのストレスの原因についても諸説存在する。


ヤクザである父親からの虐待を受けている。隣町のヤバイ先輩たちとの付き合い及びいじめによるもの、思い通りにいかない勉学への疲れ。


いずれにせよこの無差別的ないじめを正当化する理由などなかった。


そう。そこには何一つ中谷をいじめて良い理由などない。


だが、見て見ぬふりをする者も、彼と同じくいじめに加担する者も、心のどこかではそれが間違っていることを知りながら誰も彼に口出しなどできるはずがないのだ。


誰も彼を止められないのだ。


赤紙はこのクラスを循環し、恐怖を撒き散らし、憎悪が皆を蝕んでいく。


第二次大戦中、赤い収集令状という名の紙を手渡された国民が国のために命を張って戦地に出向き命を落としていくように、今のこのクラスは赤紙を手に取った者は絶対的王位にある大内に逆らうことができなかった。


大内は中谷のポケット部分を手探りし、ん〜?と言いながら反対側のポケットも探り始めた。


「あれ?」


「......」


「あれあれ?中谷君?」


「......」


沈黙を守る中谷の鳩尾に骨で角ばった大内の拳がめり込んだ。


「あっ....うぐっ....」


中谷は息がうまくできないようだった。唾液を床に撒き散らし、何とか息をしようとした。だが、それは許されなかった。2発目の拳が、今度は下腹部にめり込んだ。


「がっ....!がはっ....」


かろうじて意識はあるようだった。薄めを開けて、涙を流しながら「い....たい....い...たい....」と力ある限り訴えていた。


僕は窓からそっと廊下を覗いた。


「中谷君、赤紙はどうしたのぉ〜?持っていなきゃダメじゃないか?今日から君は俺のおもちゃなんだから〜おもちゃよおもちゃ!トイよ!トォ〜イ!わかるぅー?」




「ご....めん」




「ごめんで済んだら警察いらないのよ〜?わかるぅー?!」


中谷の顔面に大内の振り上げた膝がめり込んだ。




鼻が折り曲がったかもしれない。中谷の鼻は出血を起こした。




僕はもう一度、焦る気持ちで廊下を覗いた。そして、その時はやっと訪れた。


「あ、春間先生がきたぞー!」


僕は大きな声でしっかりと聞こえるように叫んだ。その言葉に大内が反応し、「チッ、今日は早いな」とつぶやいた。


体を押さえつけられていた中谷は自由になるとその場に崩れた。大内はそんな中谷を見下ろし、「鼻血ちゃんとふいとくんだよぉ?先生にみちゅからないようにね?中谷ちゃん」と鼻で笑った。その言葉に周りの畜生どもは大きく汚いわらけ声をあげた。


中谷はやっとの思いで立ち上がると、鼻にティッシュをあてた。


教室に入った春間先生は、中谷の出血に驚いたが、「ちょっと鼻血が出ちゃって」と笑って誤魔化すことしかできなかった。







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