碧き舞い花

御島いる

528:悲しみ重ね合う二人

「オーウィンの亡骸は預かる」
 クラフォフはオーウィンの刃を机に置いたまま立ち上がる。
「時間を置いてまた来てくれ。小刀ナイフとして生まれ変わらせておく。フクロウではなくなってしまうが、ツバメとしてセラフィの腰に留まるのがこの子の望むところだろうからな」
「ツバメ……」セラは笑む。「ならウェィラね」
「ウェィラか。いい名だ。フォルセス共々な」
「ありがとう、クラフォフ。また来る」
 セラとユフォンはクラフォフの工房をあとにした。
 出てすぐにユフォンが口を開く。「次はどこに行く?」
「三ヶ月もぼーっとしてたから、次はケン・セイのところかな。早速フォルセスも試したいし」


 ヒィズルのケン・セイの道場。その庭でセラは三人の剣士を相手にしていた。
 ケン・セイ、イソラ・イチ、テム・シグラ。
 ヒィズルのケン・セイ一門との三対一の組手はセラから申し出たことだったが、縁側で見守るユフォンは少し不安げだった。いきなり飛ばしすぎじゃないかいと。
 しかしその不安はすぐに吹き飛ぶこととなった。
 三か月余り身体を動かしていなかったものとは思えない動きをセラは見せたのだ。ヴェールを纏わることもなく。
 ヴェールなくして身体がその状態のように軽い。感覚もイソラにこそわずかに劣るが、勘が補えば大差はなくなった。なにより思惟放斬が集中の間を置くことなく、魔素を放つことなく行えた。まるで古の力が目覚めているようだった。
 フォルセスの力をセラは実感した。世界の神にまつわる鋼は伊達ではなかった。
 しかし限度がある。
 セラはその後の数日の組み手の中でそれも理解していった。
 分化や鍵を作り出すことはできなかった。それらはヴェールを纏っても不可能だった。完全に力を目覚めさせる必要があるということだ。
「それならヨコズナ神のところへ行けるんじゃないのかい?」
 ヒィズル滞在四日目の夜、共に満月を眺めるユフォンが言った。
 セラは頷く。「そうだね。ヨコズナが言ってたのはたぶん完全に目覚めた力なんだろうけど、今の状態ならそこから教えてくれるかもしれない。あの時と違ってわたしもあの力のこと理解してるし」
「じゃあ次はフェリ・グラデムだ。男装する?」
「大丈夫じゃないかな、たぶん」
「ははっ」
 月夜に沈黙が下りてきて、二人を包み込んだ。
 そこには友、恋敵、幼馴染、想い人を失った二人の悲しみが漂う。優しい悲しみだ。
「ありがとうね、ユフォン」
 セラが言葉を漂いに乗せた。
「え?」
「わたしのために、この三ヶ月。それに今も」
「僕だけじゃないさ。それはみんなも一緒だろ?」
 セラがプラチナをふるふるとゆっくり揺らす。
「ユフォンはずっとそばにいてくれて、励ましてくれてた」
「ずっとっていうと語弊があるけど、確かにみんなよりはセラのそばにいたかな。僕にはそれしかできないからね。みんなみたいに異空に飛び出て調査することもできないし。あ、でも『鋼鉄の森』へはゼィロスさんと一緒に行ったよ。話したよね」
「うん」
 セラは小さく言うと、長いこと間を置いた。それをユフォンは静かに待った。
「ズィー……いなくなっちゃった」
 セラは思い出したように涙をを零した。
「うん」
 彼女の頬を伝う涙を指で拭うユフォン。そして、二人の顔が近づいて、触れた。
 唇と唇はしっとりと触れ合い、甘い余韻を残して離れる。
「ズィーがいなくなったからって言われると、返す言葉もないけど……。僕はズィーに頼まれたから、セラのこと。僕じゃズィーの分まで君を支え――」
 セラがユフォンの口を塞ぐ。情熱的で、でも稚拙に。
 そうしてまた離れると、今度はセラがまっすぐと言った。
「ユフォンはユフォンだよ」
「セラ」
「あー」見つめ合う二人に、気まずそうな声が割って入った。「気配に気づけないほど燃えてるところ悪いけど」
 キノセ・ワルキューが二人の後ろで視線を逸らして立っていた。
「邪魔して悪い。けど重要なことだ、ジルェアス。二人がくっついたのと同じくらいの吉報」

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