碧き舞い花

御島いる

500:空間の支配者

 時は戻った。
 しかしセラは体勢を崩した。
 床が砕けていた。
 白が割れたガラスのようになって、黒い空間に落ちていく。それに倣って、セラの身体も落ちていく。視線の先のフェースも、体勢こそ崩していないがセラと同じく落ちていく。
 落ちる速度はゆっくりで、セラはふわりと体勢を整えてフェースを見据える。
「これだけの空間に影響を及ぼすにはかなりの集中と、長い時間を要しましてね、少しばかり貴方の相手が疎かになってしまった」
「これもナパスの力だっていうの……?」
 真っ黒な中空で、二人の落下は止まった。
「いいえ、もっと古い」フェースは落ち着いた声を空間に響かせる。「マスターには遠く及びませんがね」
 フェースはどこか嬉しそうに笑う。
「ふふ、まあそれでも空間の支配者を名乗るに恥じない力ですがね!」
 黒い空間に、セラを囲むように幾本もの剣が現れた。そしてその剣を握るフェースの影も、同じ数だけ。幻影ではない、暗い藍色の人型だ。
「この空間は私の支配下にある。抗ってみますか、姫君っ?」
 高速で数多のフェースがセラに迫る。地に足がついていないというのに、まったく変わらない動き。とはいえセラも慣れない浮遊感すぐに対応する。地面に接していないということを感じさせない動きは、彼女もまた同じだった。
 藍色の影フェースは数多の色を持つ本人と全く変わらない気配に力を持っているようだった。自身に掛けられている幻影である可能性も捨てきれないセラは、試しに気魂を放つ。
 消えない。
 その影は実際にこの空間に存在している。その答え合わせを当人が口にした。
「幻影ではありませんよ。これは私自身をこの空間に投影しているんですからね」
 空間への自身の投影。それもまたナパスよりも古い力か。セラは思考に気を取られ過ぎないようにフェースたちと刃を交え続ける。気が抜けない状況。
 恐らくはフェースは極集中の状態にあった。セラのようにヴェールや目の光はないが、最初から空間に影響を与えていなかったのだから、彼の中で変化が起きたは当然のことと言えた。
 極集中どうしの戦いはセラには初めてのことだった。相手が一人ならば互角の戦いから勝機を見出すこともできただろう。
 敵が多すぎた。防戦一方、攻撃に転じることができない。勝機を探すことも許されない。そのうえ、それ・・は再びやってきた。
 触れないナパード。
 戦いの最中、懲りずに視界が覆われた。瞬間にセラはトラセードを使った。しかし、彼女は敵によって移動させられていた。囲まれた敵中から逃れるセラ。花を散らして距離を取り、目を瞠る。
 トラセードが触れないナパードへの対抗策だったのは、すでに過去の話となっていた。
 表情を歪めるセラに対して、フェースは悠々と語る。
「足を使っていない移動方法なのは見て取れました。しかしナパードではない。直線的な移動というのも気になりました。攻撃に急な加速を付加するのも同じものですね。……そこから鑑みるに、空間に手を加えているのだと思いまして。ならば、貴方が手を加えている空間丸ごとを別の場所へ跳ばしてみようと思ったわけですが、正解だったようですね」
 口先だけではない空間の支配者。
 セラの中に、フェースを空間の支配者と認めてはじめているセラがいた。
 万事休す。
 セラは胸元の首飾りに手を伸ばす。故郷のものではなく、友から貰ったものを握る。強く握るが、ふっと力を抜く。
 これは駄目だ。セラは首を振る。
 あのときはネルがいた。彼女が自我を失うほどの集中から呼び戻してくれたからこそ、セラの中に眠る古の遺伝子が本来の力を取り戻したのだ。それにネルはガラスが再び割れないようにとキズナキの樹液を塗ってくれたのだ。友の想いを無碍にすることになる。
 あの力は己で覚醒させなければいけない力だ。今わずかに引き出しているこのヴェールの先は。
「? 誰かに助けを求めでもしましたか? 念を送る術を持っていいたとしても、この空間は私のもの。何人なんぴとたりとも足を踏み入れることも、当然貴方が出ることもできません。私の、マスターの願いが叶うまでは」
「……」
 余裕の笑みで口角を上げるフェースをセラはただただ見据えばかりだった。

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