碧き舞い花

御島いる

496:フェース・ドイク・ツァルカという渡界人

 フェースの剣術はナパスのものだ。正真正銘ナパードを交えるとを想定して剣を振るう、セラがゼィロスに習ったナパスの民の剣術そのものだ。ズィーは彼自身の性格上少々特殊ではあるが、ビズやエァンダも使う真っ当なナパスの剣術を目の前の男も使う。
 その事実を戦う以前よりわかっていながらも、セラはそれが許せなかった。
 その怒りが彼女を狂わせたわけではない。
 ただ、フクロウは敵の肌を裂くことを叶えていない。
 届かない。
 関所の空間に来る前からセラは極集中に伴いヴェールを纏っている。それにも関わらず、そんな彼女をフェースは弄ぶ。
 青白い光に阻まれる。
 厄介なのはナパスの剣術ではなく、そこからくる怒りからでもなく、やはり触れないナパードだった。
 ナパスの民がナパードに翻弄される。
 どれほど速く動いても、なんの前触れもなくフェースとの距離が空く。自身で跳ぶわけでも、相手が跳んでいるわけでもないことが、セラに跳ぶ気配を感じさせないでいる。
 剣術はともかく、触れないナパードがまったく、読めない。
 マカによる離れた場所からの攻撃も、トラセードによる急加速も標的が定まったものではなかった。防御もまたナパードによって見当違いなものにされてしまう。
 青白く。
 青白く。
 青白く。
 青白く。
 そうこうしている間にも、敵の刃はセラの麗しい肌を小刻みに裂いていく。一気に勝負を決めないのは遊んでいるからではない、セラが闘気をその肌に纏い致命傷を受けないようしているからだ。
 圧倒的な膂力や破壊的な技術は有していないが実力はセラと大差ない。ただ、一歩先へ進んだナパスの民だ。それがフェースという敵。セラはここまでの戦いでそう判断した。
 だからこそ。
 触れないナパード。
 その攻略が、この戦いに勝機をもたらす。
 セラはフェースから距離を取る。その後退に合わせて、黒に囲まれた白い床の上にエメラルドの線が引かれる。
「仕切り直しですか? 考えても貴方じゃ私には勝てませんよ。ナパスの真髄は私にのみある。私こそ空間の支配者。真のナパスの王」
「空間の支配者? ナパスの王? ヴェィルに従ってるのに、よく言う」
「くはは、なにもわかっていないようですね、舞い花。ナパスの王は異空の王の従属。マスターの意のままに動くのは当然のこと。だがしかし、一つマスターの意思とは関係なく私が成し遂げたいことがあるとすれば、『異空の賢者』を殺すことでしょうかね」
「なに?」
「ナパードの深淵にすら到達できない身でありながら、賢者などとは言語道断。王として、私が報いを受けさせる」
「ゼィロス伯父さんは偉大な賢者だ。異空を愛し、探求を続けてる。破壊を繰り返し恐怖を振りまくお前たちとは違う」
「ふん、無知なる姫よ。マスターこそ博愛の化身。その愛を脅かすものを退けているに過ぎない」
「ふざけないでっ! 愛あるものが異空を暗い雲で覆うはずがないでしょ」
「問答だな。マスターの博愛に散れ舞い花」
「わたしは『異空の賢者』の弟子として、お前を討つ」
 碧と藍の閃光。そののちにセラの視界は青白く覆われた。
「っく、んっは!?」
 またも肌を裂かれると思っていたセラの背中に強かな蹴りが見舞われた。セラは白き床を転がる。体勢を立て直す。顔を上げると、フェースと視線がぶつかる。
「私はなるべく最小限の力で物事を済ませたい性質たちなんですよ。だから、ナパードだけで済ませようと思っていたんですが、やめます」フェースは一端言葉を止め、それから低く続ける。「勘が告げているんですよ、貴方が私のナパードを破るかもしれないと」
 途端、セラは彼に親近感を覚えさせられた。同胞のそれを除いてもう一つ、似ていると感じる。
 同じだ。
 あらゆる世界の技術、知識を持っている。自分と同じように。セラはそう考えてから首を横に振る。
 違う。
 恐らくは――。
 立ち上がるセラ。
 まるでエァンダを前にしているようだと考えを改めた。

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