碧き舞い花

御島いる

495:二人きりの空間

 彼がいるということは、彼を追っていたキノセも。そう考えたセラだが、キノセの気配はない。追跡に気付かれないように姿を隠している。そうなのだと願うばかりだ。今の状況で最悪は考えたくない。
「フェースっ!」
 遠く跳ばされたヌロゥが、空気を纏い建物を破壊しながら一直線に戻ってきた。そのままセラに迫るかと思われた彼の歪んだ剣は、仲間であるフェースに向かっていく。
 ぴたりとその切っ先が仮面に触れる。
「貴様! 殺されたいのか? 俺の邪魔をするな」
「別に邪魔はしてませんが? 貴方こそ、マスターの邪魔を? そこまでの権限が? 力が?」
「……っち!」
 舌打ちすると、剣を引くヌロゥ。隻眼が大きく歪む。
「わかったなら、あなたは殺戮を楽しみなさい。ヌロゥ」
「舞い花は俺が殺す。貴様でもなく、あの方でもなくだ」
 ヌロゥはセラをキッと睨んでその場から去っていった。その言葉とねっとりとした殺意を置き土産に。
「やれやれ……」フェースは仮面の奥の瞳をセラに向ける。「さて、邪魔者もいなくなったところで、私は貴方に用があるのですよ、『碧き舞い花』。正確には貴方の持つものにですが」
「わたしの持つもの?」
 セラは自然と右耳についた耳飾りを触れた。
「それがなにか、すでにご存じで?」
 やはりこれかと、セラは思った。ヴェィルと相対したときに見られているような気がしていた。しかしこれがなんだというのか、それはセラの知るところではない。
 だがセラはあたかも知っているかのようにはっきりと応える。そうすれば情報が引き出せるかもしれないと。
「ヴェィルにとって大事なもの」
「っは、くはははは」仮面の男は嘲笑する。「カマをかけても無駄ですよ。知っているのなら、曖昧な表現はしない」
「……」
「渡してくださいますか? そうしていただけるなら、兵を引き上げさせましょう」
 手を差し伸ばすフェース。しかしセラはオーウィンを構える。
「そっちこそふざけないで。なんの保証もないことを。それにこれを欲しがってるってことは、渡したら脅威が増すに決まってる」
「ふぅむ……交渉決裂。武力行使といきますか……とはいえ、貴方を相手にするのがやっとのこと。何人も相手にできるほどの力は私にはないのでね、じっくり、二人だけで戦える場に移動しましょうか」
 唐突にセラの視界は青白く機能を失った。そしてすぐに元に戻ると、藍色の花吹雪が巻き起こっていて、二人の渡界人を包んでいくところだった。
「んっ……!?」
「ジルェ――」
 叫ぶヅォイァの声は途切れた。


 花吹雪が止むと、争いの喧騒はなにひとつ聞こえなくなっていた。
 セラとフェースだけ。いや、マツノシンとラスドールの二人もいた。
 関所だ。
「……二人だけ? 二対一から三対一になって、残念ね」
 関所番の二人は一瞬何事かと驚いたが、すぐに状況を理解して戦闘態勢に入った。
「世界と世界の狭間でありながら異空ではないこの独特の空間は、実に、二人きりになるのに適していると思いませんか?」
「こいつ、何言ってんだ?」
「それがしたちは眼中にないとでもいうか!」
「くはははは……その通り」
 笑ったかと思うと低い声で早口に言うフェース。その瞬間に、ラスドールとマツノシンは藍色の花となって散り散りに消えた。
「これで二人。違いますか?」
 悠然として、虚空から剣を出現させ手に取るフェース。
「安心してください。ただ向こうへ跳ばしただけです。まあ、ナパード酔いのところを兵にやられるかもしれませんが」
 セラは構える。「あの二人はそんなに弱くない」
 それにしてもと彼女は考える。触れずに他者を跳ばすナパード。不思議でしょうがない。ゼィロスからもその存在を聞いたことがない。不可能な現象。いいや違うのだ、彼女はこの現象を説明できる言葉を知っている。
 友から教えてもらった言葉だ。
 思考の箍。
 ナパスの民が考え至れない、ナパードの一端。
 ナパスの民は他者へのナパードは触れなければできないという箍を持っている。恐らくフェースはそれを取り払ったのだ。
 ならば自分も、とはいかない。突然、もしく長い時間をかけて外れたり、新たにできたりするものが思考の箍。できると知ることがその解放条件ではないのだ。
「お手柔らかに頼みますよ、姫君」
 恭しく頭を下げてからフェースは気品ある構えでセラに剣を向けた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品