碧き舞い花

御島いる

490:蛍光が晒す夜

「血の持ち主を探るというなら」ンベリカは怒気のこもった声で言う。「当然キャロイ女史のもとへその蛍は行くだろう。もう消えてはいるが彼女の血が付いたものなんだからな。それとも異界にいる者や死者には効果がないと? だとしたらその蛍はどこへ行くんだ? まさか俺のところにくると? とんだ茶番だぞ、探偵殿」
「饒舌になってるな」コクスーリャは冷めた口ぶりだ。「茶番かどうかはやってみればわかることだと思わないか、司祭殿」
 自らの周りを飛ぶ光を払うコクスーリャ。光はふわっと消えていく。
「この蛍の性質上、異空も捜索範囲だ。死者が対象者でも障害なく探し出す。だからあなたの言うようにキャロイ将軍の眠る地まで飛んでいくだろう」
「ふんっ、なにが茶番かどうかはやってみればわかるだ。もう答えが出ているではないか」
「ンベリカ」セラがコクスーリャの横に戻る。「あの時頬に切り傷があったよね」
「ああ。あれはキャロイ女史に押されて転んだ時に切れたんだ。まさかあれが彼女に斬られた傷だと言いたいのか、セラ」
「そうなら、蛍はンベリカのところに行く。そうでしょ、コクスーリャ」
「やってみればわかるさ。さあ、セラフィ。君の友人の遺物だ。君がやるべきだ」
「いい、ンベリカ?」
 頬をヒクつかせるンベリカ。ぶっきらぼうに言う。「どうせやらなければ話しは進まないんだ。やればいい」
 セラは膝をつき、友の剣と鎧に液体を噴きかけた。
 青白い光がそれぞれの至る所に纏わりつき、すぐさま天井へと舞っていった。そして光はセラの前から、霧散した。
 沈黙。
 破るのはンベリカだ。
「わかっただろ、これで」
 ただ立ち尽くすコクスーリャ。そんな彼に視線が集まる。だが言葉を発するのはンベリカのままだ。
「俺に怪しいところがあったのは、フィアルムの探偵が言うのだからそうなのだろう。疑われるような状況を作ってしまった俺にも非はあるだろうし、実際裏切り者ではないと明らかになった。だから責めはしない。水に流そう。だがゼィロス殿。今後、彼に調査はさせないと約束を――」
 司祭の言葉が止まった。代わりに探偵が口を開く。
「そんなに結論を急がなければいけないのか、ンベリカさん」
 その場にいた全員の視線が言葉を発するコクスーリャではなく、目を剥くンベリカの方を向いていた。彼の顔の近くを浮遊する二粒の光に。
「急いだとしても、蛍は残り香をどこまでも追うんだ。逃げることなんてできないというのに」
「いかさまだ!」ンベリカは勢いよく立ち上がった。「光は全部消えたばかりだ。一つも残らずだ。それがどうして時間が経って俺の周りに現れる?」
「キャロイ将軍はいくつもの戦場を経験しているだろう。そこで何人もの敵をその刃に掛けたことだろう。幾ばくの返り血を浴びたことだろう。蛍はその全てに反応し、濃さに合わせて群れを分け追跡する。あなたの血はわずかで、余りにも薄かったんだろう。だから時間がかかった」
「ンベリカさんが……」とテムは目を細める。
「司祭よ」とテングが三つ目でンベリカを見た。
「決定的ぞ」と小さく首を横に振るヌォンテェ。
「です~ね」と興味なさげにメルディン。
「ンベリカ」とカッパは一つ目を鋭く彼に向ける。「言い逃れをするでないぞ」
 顔を伏せるンベリカ。「っく……」
「カッパさんの言う通りだ。すでに言質は取ってある。あなたは嘘を吐いた。それとも説明できますか? 嘘を嘘だと認めたうえで、どうしてあなたはキャロイ将軍に頬を斬られたのかを。『夜霧』との繋がりを抜きにしてね」

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