碧き舞い花

御島いる

476:碧黄の花、舞う。

 ハンサンの後ろに現れたセラが、音もなくすーっと消えていく。そして、一人立っていたセラからヴェールが失せる。
 ふとセラが伏した亡骸に目を向けると、それは唐突に年老いていった。彼女の知るハンサン・ゲルディの遺体がそこにあった。
「セラ」
 後ろからの呼び声と足音に、セラは振り返る。すっきりとしない気分だったが、彼女はにこやかに友を向かる。
「ネル。……終わったよ」
「……うん」ネルは悲し気になって、元従者の亡骸に目を向ける。「仕方ないわ……人はいつか、死ぬもの…………」
 湿っぽく言うと、一転、ネルはセラの両肩を掴んだ。
「なにっ?」驚くセラ。しかし友の目を見て苦笑する。「……ネル?」
 好奇心に満ちた瞳が、セラを射抜いていた。
「今のはっ! 何? なんでセラが二人いたの! あれも古の遺伝子の影響なのっ?」
「……この状況で、それ、なの?」
「だって! 知りたいじゃない…………だって……」
 ネルはセラに抱き付いた。
「だって……こうでもしてないとぉっ、こうしてないとっ、っふ、すん……ぅぁあああああぁ………」
 張りつめていたものがぷつんと切れたようで、ネルはセラの胸で盛大に泣き喚いた。それをセラは優しく包み込む。そっと腰を下ろして、晴天の下、友達の感情が吐き出されるままに任せる。
 とてもふんわりとした時が流れていった。


「まさか、ネルが分化を知らなかったなんて。エァンダと会ってるから知ってるものだと思って、話題にも出さなかったのに。あーあ、分化のこと話してたらもっと早く仲良くなれたかもなぁ~」
「それはっ……そうかもしれませんが、セラは昨日初めて分化したんでしょ? 結局証明できずに、竜鱗草に落ち着いたと思うわっ」
「あぁ、それもそうかも」
 そう、ハンサンとの戦いの中、セラは最後の最後に分化を試したのだ。それによって現れたもう一人の彼女が、ハンサンにとどめを刺した。そしてもう一つ、彼女は神の持つ瞳の力も試していたが、これは全くできなかった。そもそもあの状態であるにも関わらず、「できる」ということを知らなかったのが本当のところだった。
 極めてもできない気がしていた。神の力と言われた内に秘めたものは、それとは似て非なるものなだと薄々とだが戦いの最中より感じていたのだ。
 ともかく、結局のところセラは好奇心には抗えなかったのだ。
 そして今も新たな好奇心をネルと共に躍らせている。
 ハンサンを含めたトラセークァスの民の墓標が中央の花壇に立てられた城下町。追悼を終えたセラとネルは、旅立ちの時を迎えていた。
 ネルも共にだ。
 これが二人の姫の好奇心の種。
 セラは戦いの最中、ネルの傷を消すとともに、彼女が世界に愛されし者であるという事実も消したという実感があった。傷の方に重きを置いたために不安定な実感ではあったが、そう願っていたことは偽りない想いだった。ネルと共に過ごす時間がもっと増えればいいなと。
 そうなることを信じ、これから試すのだ。
 彼女が世界に愛されし者で無くなったのなら、彼女は異空へと跳び立てるのだから。
 セラはネルの手に触れた。「いい?」
「ええ」頷くと、ネルはセラの手をしっかりと握り返す。「いつでもどうぞ?」
 そして、トラセークァスに碧き花は舞う。
 二度。
「……」
「……」
 サファイアがぱちくり。二人の姫は見つめ合い苦笑する。
 それからネルが先に、にっこりと口を開いた。
「ごめんあそばせっ! わたしがこの世界を……トラセークァスを愛し過ぎちゃってるみたいっ」
「ふふっ、さすがは『黄金の守護者』って呼ばれただけはあるね。『世界を愛す者』ってところかな?」
「いいえ、セラ、違うわ」
「え?」
「わたしは『異空を愛す者』ですわ!」
「えぇ~、それは言い過ぎじゃない?」
「いいですのよ! 事実、わたしはこの空を愛していますもの」
「それだったらわたしだってそうだよ」
「いいえ、それだったらセラは『異空に愛されし者』ですわよ。あれだけあらゆる世界の技術をその身に宿しているんですもの。異空と一緒に歩いてる。……いつだって異空の後ろをついていって技術を再現するわたしとは違ってね」
「ネル……」
「あ、別に落ち込んでなんていませんわよ? わたしはいつだってあなたを傍に感じていますから。セラ」
「うん。わたしも」
「それにこれからはなかなか異世界の情報が入ってこない分、じっくりと研究できますからね」ネルは自身の胸に手を当てる。「わたしのこと。世界を造り変えた力のことを」
「そっか。あ、でも、わたし何度も来るよ。ネルが時代遅れにならないようにしっかり異空のこと教えてあげるからね」
 ジトッとした目で「セラがわたしに、教える?」
「なによ? じゃあもう来ないからね」
「うぇ、ちょ! 今の、嘘ですわっ! 寂しいじゃない。いくらセラを傍に感じていても、ずっと独りは……」
「もう、ネルは素直じゃないんだから」セラはネルを抱きしめた。「安心して、呆れるくらい遊びに来てあげるんだから。研究の邪魔しちゃうくらい」
「うん……逆鱗茶、用意して待っていますわ」ネルもセラをしっかりと抱き返す。「でも、研究の邪魔は許しませんわ」
「どうだろうねぇ?」
「なんですのぉ?」
「ふふっ」
「ふふふっ」
 プラチナとゴールドが軽やかに揺れる。そうして薫風が吹くと、二人は離れた。
「またね、ネル」
「ええ、セラ」
 三度みたび、トラセークァスに花が舞った。今度は風に舞った黄色も。
 碧と黄は戯れるように、交差し合い、揺らめき合い、共に空へと昇っていった。

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