碧き舞い花
473:過信
それはセラがこれまでに体験したことのない一騎打ちとなった。
以前のハンサンとの殺し合い間近の鍛錬とは比べ物にならなかった。同じくナパードとトラセードの応酬であるにも関わらず。
高速という範疇には収まらない。
セラが極集中とヴェールをその身にしていること。ハンサンが神の力により若返っていること。本気で命を奪い合っているということ。ナパスとトラセスのぶつかりだということ。
全てが影響し、新たな体験を与えている。新たな次元へと押し上げている。
ハンサンは先の鍛錬では手の内を全て明かしていなかった。しかし、そのことがセラにとって不利になることは全くなかった。まるで知っていたかのように対応し、反応し、適応していた。
反対にセラの手の内のほとんどがハンサンに知られていたが、それが問題になることもなかった。彼女の一挙手一投足は洗練され、かつてないほど質を上げていた。ハンサンは彼女に対して力量も計れないほど頭に血を上らせたのかと言ったが、むしろ力の差を測り違えていたのはハンサンの方だった。
若返ったはずのハンサンは、次第に息を乱していく。
過信。
神への陶酔が、異常なまでの信頼が、そして慣れない若返りという急激な変化が、その男の尺度を狂わせていた。
「……っく、ふぅ……うぅ…………なんですかっ、これは? なにが……?」
ハンサンは立ち止まった。背を丸めて、自身の手を見やる。腕は小刻みに震え、目は血走っている。早い呼吸に伴って言葉を吐き出す。
「ありえないっ! フュレイ様の加護が、こんな、はずは、ない……!」
「あなたのような実力者が……残念です」
セラはエメラルドを湛えるサファイアを冷酷に暗くする。勝負はここまでだ。執事として姫に仕えていた男はもういない。そして、信者として神を妄信する男もこれで終わりだ。
「……残念……?」
ハンサンは膝をつき、セラを睨む。なにがきっかけか、そうすると彼は急速に呼吸を平素なものに戻し、口角を上げて鼻を鳴らした。
しかしなにかを仕掛けてくる様子はない。それがセラには不気味に思えた。柔和に皺を寄せるハンサンを変に懐かしんでしまう前に、決着を迎えるのが得策か。セラはオーウィンを大きく振り上げると同時に、ナパードでハンサンの目前に移動した。
そのまま腕を止め、身体を退く。
そんな気配は全く感じなかった。勘が彼女に身体を退かせた。敵の動作を認識したのはそのあとだった。
ハンサンの細剣の切っ先が、セラの胸元へ迫っていた。
そして、捉えた。
「っ!?」
これが拒絶の護り石に察知されない戦士の動きなのか。
それがセラの最後の思考だった。
「石の力で集中できていることを忘れてはいけませんね、セラさん」
それがセラが最後に耳にした音だった。
胸元に散るガラス。そして吸い込まれそうな真っ青。
それがセラが最後に目にした色だった。
そうしてセラの中から自我という概念が、消えた。
以前のハンサンとの殺し合い間近の鍛錬とは比べ物にならなかった。同じくナパードとトラセードの応酬であるにも関わらず。
高速という範疇には収まらない。
セラが極集中とヴェールをその身にしていること。ハンサンが神の力により若返っていること。本気で命を奪い合っているということ。ナパスとトラセスのぶつかりだということ。
全てが影響し、新たな体験を与えている。新たな次元へと押し上げている。
ハンサンは先の鍛錬では手の内を全て明かしていなかった。しかし、そのことがセラにとって不利になることは全くなかった。まるで知っていたかのように対応し、反応し、適応していた。
反対にセラの手の内のほとんどがハンサンに知られていたが、それが問題になることもなかった。彼女の一挙手一投足は洗練され、かつてないほど質を上げていた。ハンサンは彼女に対して力量も計れないほど頭に血を上らせたのかと言ったが、むしろ力の差を測り違えていたのはハンサンの方だった。
若返ったはずのハンサンは、次第に息を乱していく。
過信。
神への陶酔が、異常なまでの信頼が、そして慣れない若返りという急激な変化が、その男の尺度を狂わせていた。
「……っく、ふぅ……うぅ…………なんですかっ、これは? なにが……?」
ハンサンは立ち止まった。背を丸めて、自身の手を見やる。腕は小刻みに震え、目は血走っている。早い呼吸に伴って言葉を吐き出す。
「ありえないっ! フュレイ様の加護が、こんな、はずは、ない……!」
「あなたのような実力者が……残念です」
セラはエメラルドを湛えるサファイアを冷酷に暗くする。勝負はここまでだ。執事として姫に仕えていた男はもういない。そして、信者として神を妄信する男もこれで終わりだ。
「……残念……?」
ハンサンは膝をつき、セラを睨む。なにがきっかけか、そうすると彼は急速に呼吸を平素なものに戻し、口角を上げて鼻を鳴らした。
しかしなにかを仕掛けてくる様子はない。それがセラには不気味に思えた。柔和に皺を寄せるハンサンを変に懐かしんでしまう前に、決着を迎えるのが得策か。セラはオーウィンを大きく振り上げると同時に、ナパードでハンサンの目前に移動した。
そのまま腕を止め、身体を退く。
そんな気配は全く感じなかった。勘が彼女に身体を退かせた。敵の動作を認識したのはそのあとだった。
ハンサンの細剣の切っ先が、セラの胸元へ迫っていた。
そして、捉えた。
「っ!?」
これが拒絶の護り石に察知されない戦士の動きなのか。
それがセラの最後の思考だった。
「石の力で集中できていることを忘れてはいけませんね、セラさん」
それがセラが最後に耳にした音だった。
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それがセラが最後に目にした色だった。
そうしてセラの中から自我という概念が、消えた。
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