碧き舞い花

御島いる

465:ありとあらゆる成果

 初めての夜会の日に新月を控えていた月は満ち、再び新月を迎え、そうしてまた満ちようとしていた。
 護り石の力で極集中の感覚を簡潔に長時間、幾度も体験できることになったセラ。それでも石なしでは百発百中とはいえず、彼女の極集中の鍛錬は続いていた。
 対してトラセードの方は芳しい。戦闘中に局所的なトラセードを行えるほどになっていた。そしてなかなかにトラセードを使えるようになってセラには気付いたことがあった。圧縮と拡大では拡大の方が得意だということだ。初めて目にしたのも、初めて体験したのも拡大だったことが影響しているのではないかとネルと共に結論付けた。
 戦士セラの課題だったことにもう一つ、拒絶の護り石の壁を破ることがあったが、これも解決したことには解決した。というのも、友人となったネルから開示された打開方法は存外に難しいものだったのだ。「石に殺意もとい攻撃の意思を感じ取らせなければいい」もしくは「石が力を発現させる距離より内側に入ってから攻撃する」というものだ。
 前者はこれがなかなかに厳しいのは言うまでもない。敵として立つ相手に攻撃の意思があるのは明らかなこと。修練のために向き合ったネルですら石に護られるのだから。これを成すためには闘気の鎮静により気配を消すことに留まらず、それ以上を求められるとセラは考えた。
 石にはその効力を発揮する範囲というものがあって、それは現れた壁よりも内側なのだが、その内側に入り込んでから攻撃をするというのが後者の考え方だ。これは前者に比べ、近付けばいいのだから簡単そうにも思えるが、戦闘中に易々と懐を許す者はいないし、許したとしても少し離れれば石の有効範囲へと相手を出すことができる。そもそも近付こうとすることに必死になり、攻撃の意思をむき出しにすれば身体ごと阻まれることもあるのだとネルは説明に付け加えた。
 これがこの一カ月半、セラの鍛錬のあらまし。上々と言えた。
 鍛錬に費やす時間は開始当初より徐々に減り、増えた時間はネルとの研究やセラ自身の知識を増やすこと、それと子どもたちと遊ぶことに費やされた。
 子どもたちとの遊びは特筆せず、研究の方は後述するとして、友人となったネルの協力によりセラこれまで以上に多くの知識を得ることができた。
 その中でネルが身に付けているものを護り石を除いて挙げる。ドレスとブーツだ。
 ドレスは鎧衣よろいぎぬという、軍事世界『灰燼かいじん絨毯じゅうたん』の布を使って作られていた。それはメィリア・クースス・レガスの術式狙撃施条銃しじょうじゅうの弾丸ですら通さない生地なのだ。
 足を踏み込むに合わせてばふっと鳴り、跳躍を補助するブーツ。これはまた別の世界『揺蕩う雲塊うんかい』に生息するモクモクモの糸が使用されている雲走りのブーツというものだ。
 これら二つも合わせ、まだまだ知らないことだらけだったことに、セラは自身が多くの世界を見て回ったことなど大したことではないのではないかと落ち込んだことがあったが、そこは新たな友達がしっかりと否定した。
「逆鱗花みたいにわたしが知らないことを知ってたじゃない。それに……どこまでも知識があっても、その景色に触れることはできていないですもの、わたしは。実際にその場に立って体験できるってわたしがなによりも望むものなのよ? 誇っていいことよ。そしてなによりっ! 知らないことが多いって、それだけで楽しいことでしょ? そう思わない?」
 これがその時ネルがセラに掛けた言葉だった。


 さて、研究の方だが。
 先祖返り研究の方はセラが没頭の護り石によりすんなりと極集中に入れたことから、順調に滑り出し、そのまま大きな減速をすることなく進んだ。
 極集中に伴い先祖返りが起きている時、セラの身体でなにが起きているのかを遺伝子に至るまで調べ上げるところからはじまった。そうしてネルはいとも簡単に発見した。神が懐かしむ力を発現させる遺伝子と、普段は働かない他の遺伝子を起こす遺伝子、そしてさらにその遺伝子に働きかけるホルモンを。
 そしてこれら三つの中でネルが注目したのは、他の遺伝子の働きのきっかけとなる遺伝子とその遺伝子に働きかけるホルモンだ。彼女はこの二つを『導火線遺伝子』と『着火ホルモン』と名付け、先祖返りに限らず機能していない遺伝子を働かせることができるものだと位置づけて、研究を深める。
 この喜ばしい成果の中セラにとって残念だったのは、彼女が目覚めさせる神が懐かしむ力そのものについてはネルの研究を持ってもしてもわからなかったということだ。極集中に入る機会を増やした今でも、その力によってなにが起きているかは不明なままだった。
 記憶についての研究にも触れておくと、こちらは進捗を見ていない。最初、ネルは自身から他の記憶も抜け落ちているのではないかと、母親との記憶を含めて過去を振り返っていたが結果は得られなかった。そうこうしているうちにも先祖返りの研究が進んでいき、彼女の頭はそちらに向いてしまったのだ。気には止めつつも、なによりも成果を見たかった研究だ、そうなるのは当然の流れだったと言えた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品