碧き舞い花

御島いる

427:ごめんあそばせ

 エァンダの帰還はかねてからゼィロスが求めていた、トラセスの民との交流の足掛かりとなった。『異空の賢者』は早速、弟子に彼らの王へ協力を求めるよう命じた。彼らの持つ技術トラセードを、評議会に参加するエァンダを除いた残りの三人のナパスの戦士に教えるようにも。
 前者を承諾したエァンダだが、後者に関してはキッパリとできるのはセラくらいだと、言い切ったらしい。ゼィロスは学ぶには歳を取り過ぎていて、ズィーは繊細さに欠けるからというのが理由だった。
 そうして昨夜、会議を終えたエァンダは翌朝には出発するとセラに伝えに来たという次第だ。
 ちなみに非公式の会議では当然、他の事案も話し合われた。
 セラたちにはその内容は明かされることはなかったが、話し合いの結果、若き評議員たちをはじめ多くの評議員に任が与えられた。その中で彼女が知るのは周囲の友たちの動向くらいだ。
 テムが『白輝の刃に』向かったこと、ユフォンがヒュエリが先行している小人と機械人間の世界ジュコに向かったこと、イソラとルピがグゥエンダヴィードへの潜入を試みていること、キノセが新たな『夜霧』の拠点を探しに出たこと、そして、ズィーがサパルと共にエレ・ナパスを元に戻すために動き出したこと。
 数えてみると多く知っているように感じるが、それは友たちがそれなりに重要な任務を与えられてしかるべき実力を持っているからだろう。ルピとヒュエリを除いた他の賢者たちの動きで知っているのはケン・セイが訓練をより厳しくし、戦力の底上げを図ろうとしているということくらいだ。
 とはいえ、その訓練を受けるであろうマツノシンやラスドールなどの戦士たちからしてみれば、セラはこれでも多く知っている方なのだろう。
 ちなみにこれはスウィ・フォリクァの誰もが知っていることだが、若き評議員の行なった鎮魂は話題となった。セラはトラセークァスを訪れているため参加できないが、二、三日後に賢者を含め、世界規模で鎮魂祭が行なわれる運びになったらしい。


「お、来たな」
 エァンダは城の入り口の方へ視線だけ向けた。セラとヅォイァは腰掛から立ち上がり、壁の陰から身を出す。気配はすでに感じていたために人数はわかっていた。二人だ。
 一人はセラと変わらない年頃の若い女性。黄金ゴールドの髪はふんわりと波打ち、肩に垂れている。瞳はセラと同じ青玉サファイア。身を包む淡い黄色のドレスは宝石がいくつも縫い付けられたコルセットより下、下半身を完全に覆わず、前面が鋭角に欠けていた。太ももの中ほどまでの短いズボンとローブーツだけが、『碧き舞い花』に引けを取らない麗しい脚をわずかに隠していた。
 もう一人はヅォイァよりわずかに若い線の細い老人。ロマンスグレーの髪はきれいに後ろに撫でつけられている。柔和な顔だが、刀剣によってつけられた傷が頬の下にあった。腰にもビュソノータスのジュランやプライが使っているような細身の剣を携えていることから、戦士だろうとセラの勘は告げていた。気配、闘気はかなり抑え込んでいるようで、勘が働かなければふらりとすれ違いざまに斬られるのではないかという鋭い雰囲気がわずかに感じられた。
「あれがお前の先生だ」エァンダがセラとヅォイァの後ろに続きながら言う。「トラセード……空間伸縮を教えてくれるな」
 彼が言い終わる頃に、二人はセラたちの前に到着した。セラは老人に向けて手を差し出す。
「セラフィ・ヴィザ・ジルェアスです。トラセ……空間伸縮しっかり学ばせてもらいます」
「ははは、これはこれはご丁寧に」老人は朗らかに彼女の手を取った。「しかし――」
「そっちじゃないぞ」とエァンダが彼の言葉に続いて、女性の方を目で示した。
 彼女はサファイアを細め、ムスッとした表情でセラを睨んでいた。
「え、うそ。ごめん、わたしてっきり」
 セラは老人との握手をしっかりと終わらせてから、さっと彼女に手を差し出した。
「改めて、セラフィ――」
 ぱちん。
 セラの手ははたき弾かれた。
「ごめんあそばせ? 小バエにたかられたかと思いまして」
「っへ?」

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