碧き舞い花

御島いる

426:新天地

 瞑想…………。
「んー……駄目みたい」
「力み過ぎは逆効果だ。少し休みにしよう、ジルェアス嬢」
「はい」
 セラはヅォイァ老人と共に、こじんまりとした城の前庭にいた。
 広大とはお世辞にも言えないが手が行き届いた庭。丸く整えられた植木には黄色く小さな花が咲き誇り、まろやかな匂いを漂わせている。
 とても剣や棒、戦士や老軍人の似合わない場所だ。
 そんなところで二人が何をしているかといえば、人を待っている。その間にヅォイァが思うところがあると言ったセラのヴェールの力に関する修行をしていたところだ。
極集中ごくしゅうちゅうはどれだけ鍛錬を積んだ武人でも、そう簡単に入ることのできないものだ。だが、粘り強く続け、幾度とその体験をすることで、入りやすくなる。続けること、多く体験すること。それでしか技術としては身につかん」
 城壁と呼べるか定かではない壁の前、二人はそこに置かれた横長の腰掛に並んで座る。
「でもその体験ができないんじゃ、進まない。そもそも極集中が本当にあの力の正体なのかもわからない」
「焦りは禁物だ」
「そうは言っても、一度もヴェール出てきてないし、焦るよ。戦争の時はあんなに連続して出てさ、おしまいの方では長く保てるようにもなってたのに」
「俺が去ったあとのことか」ヅォイァは長い髭を撫でながら考え込む。「……ふぅむ、では休憩の後、実戦で学ぶとするか? そもそも戦闘時に入れなければ意味がないしな」
「うん、そうする。このまま瞑想続けてても、なにも掴めそうにないし」
「いや、そう軽く考えるでないぞ、ジルェアス嬢」
「え?」
「組手ではなく、実戦だ。俺はお前の命を奪うつもりでかかる。お前も俺を殺す気でやれ」
「そこまでしなくてもいいじゃない?」
「駄目だ。荒療治的ではあるが、深く集中するにはそれくらいしなくてはな。鬼心おにごころまで体験させてやろう」
神容しんようはさすがにしないよね」
「ジルェアス嬢がそれで極集中状態になれるのなら、やぶさかではないが?」
「戦ってみたい気もしなくはないけど。あのヌロゥを動けない状態にまでした力。でもそのあと三日動けなくなっちゃうでしょ」
「そうだな」
「あ、ヌロゥといえば、ヅォイァさん」
「なんだ?」
「いっぱい鏡が並んだような、万華鏡みたいな義眼って知ってる? ヌロゥのその目に見られたら、全く動けなくなったの」
「さてなぁ……。そのような目など聞いたことないな」
「そっか……。ヴェールの力があったのに動けなくなっちゃうんじゃ、もう、見ないってことぐらいなのかな、できる対処って」
 セラは長閑な空を見上げた。晴れてはいるが、わずかに霞んでいる空だ。
「そうだな。一人だけで戦ってるなら、目を閉じるしかないな」
 群青の花が散り、現れたのはエァンダだった。
 さも最初から会話に混じっていたとでもいうように、自然に入ってきた。今まで城の中で用を済ませていたであろう彼だが、外にいた二人の会話にも耳を傾けていたのだろう。そう、二人が待っていたのは彼だ。
「エァンダは鏡の目がなにか知ってるの?」
 彼の気配を捉えていたセラは別段取り乱すこともなく、彼同様、自然に会話を続ける。
「まあな。義眼で万華鏡ってのは初めて聞くけど、お前の言う状態になるのは『処刑鏡しょけいかがみ』だ。見た人間に希望か絶望を見せて殺す。あとな、俺が悪魔の中から見た感じだけど、お前のあの力、極集中で間違いないぞ。まあお前の場合、なんか別のも引き出してるっぽいけどな。それは俺も知らない。とにかくそのおじさんの言う通り、慣れるまで繰り返せ」
 捲し立てられた情報に、セラは気圧されながらも理解して頷く。「……う、うん」
「よし、ということでお前はこのままここに残って、おじさんと修行だ。俺は王様を評議会に連れていくから」
「ちょっと待ってよ。まだエァンダからなにも教わってない」
「俺が教えるのに向いてないのは知ってるだろ。なんのためにここまで連れてきたと思ってんだよ」
 エァンダが軽く両腕を広げて示すのは、世界。
 名前を持たない、辺鄙な世界。
 古くにナパスの民から分かれた民が、異空の表舞台から姿を消し、ひっそりと暮らす世界。
 勝手ながらナパス語で表すのなら……。


 トラセークァス。


 トラセスの地。ここはトラセスの民の世界――。

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