碧き舞い花

御島いる

425:鎮魂歌

 夜。
 若き評議委員たちによる鎮魂はジャズバーで行なわれた。
 七色の薄光と柔らかくほの暗い照明に照らされたステージの上、キノセが指揮棒を振るう。緩やかに振るわれる指揮棒に合わせ、演奏者たちがしめやかなな音楽を奏でる。
 ピアノが一粒一粒、音を転がすごとに、死者の魂が天へ昇るための階段が、一段一段積み重なっていく。ヴァイオリンをはじめとした四重奏がその階段に煌びやかで優しい手すりを設える。そうして天へと延びる階段は果てしなく、半球状の天井に入った切れ込みから外へと続き、色移ろう薄光の中へと消えていく。
 その久遠の段梯子をのぼる、亡き者たち。
 セラはそれをステージの袖から独り見上げていた。
 多くの実体を持たない人影が、振り返ることも立ち止まることもせず、淡々と昇っていく。セラはその中に共にウェル・ザデレァへ向かった戦士たちを見つけた。そして、友の姿も。
 鎧を纏って見える彼女の背中。編んだ髪が垂れる。
 キャロイ。
 彼女は今、アズの地に眠っている。ビズラスと名も知らぬナパスの青年と共に。
 音楽が止む。
 セラたち以外にも通常の客はいたが、誰も拍手はしなかった。演奏は素晴らしいもので、状況が違えば誰もがそうしたかったことだろう。しかしキノセが冒頭で鎮魂のためのステージだと説明していたことで、今はただ、帰らぬ人々を偲ぶのみだ。
 それを手伝うように店内の照明は落とされ、薄い光だけが優しく差し込む。その空間は、複数の誰かがすすり泣く音だけに包まれる。
 そうして一分ほどすると、極力抑えられた足音が加わった。バーの店員だ。セラの横を通りステージ袖から出た彼は、拡声装置の付いた棒をしっかりと両手で持ち、ステージの中央、キノセより客席に近い場所にその棒を立てた。
 薄暗闇の中、セラはそれを確認するとステージの袖から歩み出た。慣れないハイヒールだが見事に履きこなし、店員と入れ替わるように棒の前に立った。
 棒の長さはセラにピタリと合うようにすでに調節されている。ちょうど拡声装置が彼女の口元の高さだ。
 セラは小さく息を吐いた。戦いとは違う緊張感だ。それに、ハイヒールにはすぐ慣れたが、ビュソノータス以来のスカートはやはり違和感だ。
 と、彼女だけを照らすように照明が点けられた。
 薄暗闇からパッと現れた碧き舞い花は、戦士ではない。
 落ち着いたエメラルドグリーンのワンピースドレスを身に纏い、いつもは後ろで結い上げるプラチナも右側頭部に上げていた。水晶の耳飾りと共に照明に煌めく。
 セラが客席を見やると、ユフォンが深く頷いた。それに彼女も頷き返す。
 背後でキノセが指揮棒を上げたのを感じる。そして棒が振るわれると、前奏が鳴りはじめる。
 キノセが作った曲、ユフォンが書いた詩。
 そして、セラが唄う。




 去りゆく影
 旅路は果てしなく
 歩み続ける人よ
 夢を失いし人よ


 形のない
 交わることもない
 言葉忘れし人よ
 涙失いし人よ


 彼の地の夢
 想い届かんとて
 時を奪われし人よ
 友を失いし人よ


 さらば さらば さらば
 あなたにいつか また会おう




 鎮魂歌はスウィ・フォリクァに沁み込んでいった。
 歌唱に関しては素人だったセラだったが、それは見事な歌声だった。事前にバーで歌うことを生業にしていた歌手に教えを乞うていたのだ。といっても、セラはただ一度彼女の唄う姿を見ただけ。ここでも舞い花は特技を発揮したわけだ。物真似という特技を。
 それはさておき、店は余韻に浸る。
 ステージ上に髪の長い美男が現れるまでは。

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