碧き舞い花

御島いる

419:夜明けへ導く群青の

 奔流に身を任せた。
 直後だった。
「セラお姉ちゃんっ!」
 少女の声と共に、身体を受け止められた。そうして流れから逸れ出た。
 彼女のことを『セラお姉ちゃん』と呼ぶのは、あの少女しかいない。 
 褐色の少女。盲目の少女。ヒィズルの少女。
 イソラ・イチ。
「イソラ…………!? イソラっ!?」
 セラは後方に瞠った目を向けた。だがそこは暗闇。気配すら感じない。また、幻覚か。
 ではこの、触れられている感覚はなんだ? 砂丘に受け止められたのを、そう感じているのか。
「みんなーっ! ここだよー!」
 ほとんど耳元でイソラが叫ぶ。やはりそこにイソラはいるようだった。見えない。感じ取れない。だが、声とその体温は届いている。
 もう、幻覚ではないことは確かだろう。セラがそう思った時だ。暗黒の波が二人に向かって再び迫るのを感じた。
 見えぬイソラの腕の中、セラは言う。「イソラ、また来る」
「大丈夫!」
 会話ができている。安心できた。そして彼女の言葉を信じる。イソラがこの場にいるということは彼らがいるということだ。
 二人の鍵束の民と――。
「「重・剛鉄鋼門、施錠っ!」」
 セラとイソラの前に、壁が現れた。サパル・メリグスとルピ・トエルの重なった声と共に。
 轟音と共に、壁によって波が割れる。
「さすがだね、イソラ。お待たせ、セラ」
「危ないところだったね。間に合ってよかった」
 姿は未だに闇に覆われていて視認できないが、二人の声が近くにあった。
「ルピ、サパルさん」
 ――そして。
 もう一人。
 ついに――。
 ようやく――。
 彼女の眼前が鮮やかな群青色で支配された。
 闇が晴れた。
 本当に、晴れた。色を失った夜に群青が差し、そして明けるように。
 彼が現れただけで、ウェル・ザデレァは原色を取り戻した。まるで彼の登場を歓迎するように、煌びやかに彼を彩った。
 四年前から伸びっぱなしなのだろう、流水を思わせる水色の髪は地面に届きそうなくらい長い。そして、愛剣タェシェを握る右手は肘辺りまで真っ黒だった。遠目で見れば、黒いタェシェと一体となっているように見えるだろう。
 変わっているのはそれくらい。
 振り向いた彼の顔は、四年前と変わっていない。現在のセラと歳の頃はあまり変わらないように見える。あまり歳を取っていない。セラが大人っぽく見えることもあるが、実年齢で五年離れているとは思えない。
「遅いよ……エァンダ」
 エァンダ・フィリィ・イクスィア。
 あの希望を孕んだ悪夢が正夢に、なった。
「すぐって言ったのに」
 涙ぐみ、笑むサファイアで彼のエメラルドを見つめるセラ。すると、エァンダは飄々と笑んだ。
「遅くないだろ? 間に合ってるし」
「あの夢見た日から、随分経ってる。すぐじゃない」
「そうか? まあ、俺も大変だったんだ。来てやっただけでも感謝しろってことで。……ん? てかさ、俺が来る前に全部終わらせるとか言ってたろ? あれはどうしたんだよ、さてはお前、嘘つきだな?」
「え、あれ聞こえてたの……?」
「さあ?」
「え?」
「勘で言ってみただけだ」
「今、思い出したように言ってた」
「……」
 エァンダは肩をすくめてみせて、人間一人より一回り程度大きな塊となった靄へと目を向けた。
「それだけ話せるなら大丈夫だろ、もう」
「え?」
「あとは任せろ」
 エァンダは靄に向けタェシェを構える。その後ろ姿を見るセラは、気持ちが普段通りなことに気付く。恐怖にあれやこれやと右往左往し、諦めたり奮い立ったりと縦横無尽に暴れていた情動は、すでにいない。
 平常心だった。
 彼は会話により、セラをそこへ導いた。
 そもそも兄弟子の帰還に昂っていいはずだったが、結果涙ぐむに留まり、今では涙は溢れることもせず、引いてしまっていた。これもエァンダの仕向けたことなのかもしれないと、セラは冷静になった頭で考えた。声を届けたり、夢に現れたり、彼は幾度とセラに帰還を予感させていた。それが手伝って感動が弱まった。
 再会の感動は弱めなくてもいいのに。セラは心の内で小さく笑う。そうしてイソラに支えられながら立ち上がり、彼の背中に声をかける。
「エァンダ」
「ん?」
「一緒に、帰れるよね?」
「絶対帰る。そう言っただろ?」
 エァンダは大地を蹴った。

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