碧き舞い花
416:クァスティア
神の声にセラは現実に引き戻された。
死の幻想から解き放たれる。
涙を拭い、見上げる景色に目を疑った。
リーラの腹を黒き靄が、わずかに剣と分かる形をした靄が、背後から貫いていた。そしてそのままリーラの身体を持ち上げている。
その定まらない刀身から血が滴り落ち、セラの顔に落ちた。さっきの血も、リーラのものだったのだ。その証拠に、視線を自らの腹部へと移すと身体はしっかりとくっついていた。擦り切れた雲海織り。露わになったへその周りには、擦り傷により血が滲んではいるが、飛沫を飛ばす程ではない。
自分は生きている。
まずそれを理解した。
そして次に、周りの状況を理解しにかかる。なにが起きた?
うしろへ這い出て、リーラの背後に目を向ける。そこには、剣から続く黒き靄があった。否、いた。
人の形こそ成していないが、明らかにそこには人の気配がった。暗く、冷たい。生命活動が不安定に感じられる気配。
リーラが足掻くが、それをものともせず、靄はセラを見た。靄に隠れてか、そもそもそこにはないのか、瞳は見えなかったが、真っ暗な闇の中から見られていると感じた。
真っ暗といえば、辺りが暗くなっていたのも死の幻想からではなかったらしい。燦々と輝いていた太陽は天に全身を残している。雲に隠れたわけでもない。それなのに、浅い夜のように薄暗い。宵闇の如く真っ暗な靄が、世界に溶け出しているかのようだった。
「 クァスティア 」
靄がナパスの民であるセラにも理解できない言葉を喋った。唯一聞き取れたのが『クァスティア』という単語だった。きれいなナパス語の発音でなされたその一語は、セラがかつて漂流地で出会ったナパスの女性と同じ名前だった。同一人物のことを言っているかは定かではないが、知り合いの名前だったことでより浮き上がって聞き取れた。
それにしても今の言葉はなんだ、という方が彼女にとっては重要だった。そして、靄の存在そのもののことも。
靄について、セラは半信半疑ながら思うところがあった。ナパス語を口にしたのだから伝わるだろうと、セラは確信半分にその名を口にした。この状況を表す通り名を持った男の名だ。
「……ヴェィル・レイ=インフィ・ガゾン」
「 」
剣の形をした靄を振るいながら消し去り、リーラを砂上に投げ捨てると、靄が勢いよくセラの眼前に迫った。対してセラは身体を仰け反らせる。喉を鳴らす。冷や汗が噴き出る。サファイアを見開く。
目の前の靄に、恐怖していた。
殺気は感じないが、それでも、神を畏むのとはまた別の、底知れぬ恐怖を感じていた。
靄の視線が、ふと彼女の右側に逸れたように感じる。何事かと瞳だけ動かすセラ。靄は水晶の耳飾りを見ているようだった。
ぞっと悪寒を感じるとともに、靄が水晶に伸びてきた。
だが、その動きはリーラの叫び声に止まった。リーラの口にした、セラにはわからない言語の叫びに。
「 !」
叫んだ直後、リーラは靄に跳び掛かった。
靄はセラから離れ、リーラを躱す。
リーラは怒りに狂った様子で、再び跳び掛かる。すでにセラは眼中にないようだ。
「 」
躱しながらなにか口にすると、宵闇の靄は再び剣をその手に現出させ、一振り。
リーラの首が飛んだ。
神がいとも簡単に屠られた。
あっという間の出来事だった。
神を圧倒する以前にいとも易々と処分した存在を目の前に、セラは逃げ出したい衝動に駆られた。敵うわけがない。
それなのにその気持ちとは裏腹に、彼女は立ち上がり、オーウィンを構えていた。
不思議な高揚感が闘争心と碧きヴェールを湧き起こした。
死の幻想から解き放たれる。
涙を拭い、見上げる景色に目を疑った。
リーラの腹を黒き靄が、わずかに剣と分かる形をした靄が、背後から貫いていた。そしてそのままリーラの身体を持ち上げている。
その定まらない刀身から血が滴り落ち、セラの顔に落ちた。さっきの血も、リーラのものだったのだ。その証拠に、視線を自らの腹部へと移すと身体はしっかりとくっついていた。擦り切れた雲海織り。露わになったへその周りには、擦り傷により血が滲んではいるが、飛沫を飛ばす程ではない。
自分は生きている。
まずそれを理解した。
そして次に、周りの状況を理解しにかかる。なにが起きた?
うしろへ這い出て、リーラの背後に目を向ける。そこには、剣から続く黒き靄があった。否、いた。
人の形こそ成していないが、明らかにそこには人の気配がった。暗く、冷たい。生命活動が不安定に感じられる気配。
リーラが足掻くが、それをものともせず、靄はセラを見た。靄に隠れてか、そもそもそこにはないのか、瞳は見えなかったが、真っ暗な闇の中から見られていると感じた。
真っ暗といえば、辺りが暗くなっていたのも死の幻想からではなかったらしい。燦々と輝いていた太陽は天に全身を残している。雲に隠れたわけでもない。それなのに、浅い夜のように薄暗い。宵闇の如く真っ暗な靄が、世界に溶け出しているかのようだった。
「 クァスティア 」
靄がナパスの民であるセラにも理解できない言葉を喋った。唯一聞き取れたのが『クァスティア』という単語だった。きれいなナパス語の発音でなされたその一語は、セラがかつて漂流地で出会ったナパスの女性と同じ名前だった。同一人物のことを言っているかは定かではないが、知り合いの名前だったことでより浮き上がって聞き取れた。
それにしても今の言葉はなんだ、という方が彼女にとっては重要だった。そして、靄の存在そのもののことも。
靄について、セラは半信半疑ながら思うところがあった。ナパス語を口にしたのだから伝わるだろうと、セラは確信半分にその名を口にした。この状況を表す通り名を持った男の名だ。
「……ヴェィル・レイ=インフィ・ガゾン」
「 」
剣の形をした靄を振るいながら消し去り、リーラを砂上に投げ捨てると、靄が勢いよくセラの眼前に迫った。対してセラは身体を仰け反らせる。喉を鳴らす。冷や汗が噴き出る。サファイアを見開く。
目の前の靄に、恐怖していた。
殺気は感じないが、それでも、神を畏むのとはまた別の、底知れぬ恐怖を感じていた。
靄の視線が、ふと彼女の右側に逸れたように感じる。何事かと瞳だけ動かすセラ。靄は水晶の耳飾りを見ているようだった。
ぞっと悪寒を感じるとともに、靄が水晶に伸びてきた。
だが、その動きはリーラの叫び声に止まった。リーラの口にした、セラにはわからない言語の叫びに。
「 !」
叫んだ直後、リーラは靄に跳び掛かった。
靄はセラから離れ、リーラを躱す。
リーラは怒りに狂った様子で、再び跳び掛かる。すでにセラは眼中にないようだ。
「 」
躱しながらなにか口にすると、宵闇の靄は再び剣をその手に現出させ、一振り。
リーラの首が飛んだ。
神がいとも簡単に屠られた。
あっという間の出来事だった。
神を圧倒する以前にいとも易々と処分した存在を目の前に、セラは逃げ出したい衝動に駆られた。敵うわけがない。
それなのにその気持ちとは裏腹に、彼女は立ち上がり、オーウィンを構えていた。
不思議な高揚感が闘争心と碧きヴェールを湧き起こした。
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