碧き舞い花

御島いる

415:死

 キャロイは息を引き取った。
 安らかに眠りについた友の手を静かに胸の前で組ませながらセラは呟く。
「遺体、わたしが引き取っても、いいかな。ちゃんと埋葬してあげたい」
「いいんじゃないか」ンベリカが応える。「ケン・セイたちもそうだが、白輝の者たちも皆引き上げてしまったしな」
 セラは辺りを見回すことなく零す。「……まだ生きている人もいるのに」
「『白輝の刃』はそういう世界だからね」ユフォンは辺りを見回しながら言う。「人である前に兵士であれ、って考え方は結構有名だよね」
「その言葉は初耳だな。そんな考え方なのは、前々から分かってたけど……」
 セラはキャロイの手の上に自らの手を重ねる。
「帰ろうか」
「そうだな。白輝との関係やら、双子の裏切りやら、それにセラがフェリ・グラデムで得た情報に関する評議も行われていない。いろいろ山積みだ。忙しくなる」
「二人ともわたしに掴まって」
 言ったセラの肩に二人が手を置いき、いざスウィ・フォリクァへ帰還といったその時だった。
 リーラの気配が急速に迫ってきていた。
 ンベリカが叫ぶ。「セラ、急げ!」
「なに?」ユフォンは気配を感じ取れないために訝しむ。「どうしたんですか?」
 セラは彼の疑問には応えず、すかさず花を散らした。
 はずだった。
 感覚では跳べていた。問題なく、七色に揺蕩う薄光を視界に捉えるはずだった。それがどうしたことか、彼女は真っ青な空を見上げていた。辺りにははっきりと碧き花の残滓があった。ユフォンとンベリカ、そしてキャロイの遺体は消えていた。遠くまで感覚を引き延ばしても、気配はない。
 と、残滓が掻き割れ、セラに影が落ちた。
 真っ黒な瞳がセラを見下ろす。
 リーラ神。
 黄色い髪が揺れ、脚が高々と上がった。
 落ちてくる。セラがそう思った時にはすでに遅かった。
 腹を穿たんばかりの衝撃。息と共に血を吐くセラ。刹那、意識が飛んだ。だが、すぐさま苦痛に帰る。
 少女の足が、彼女の腹を抉るように踏みにじるのだ。
「んぅぐっ……あぁああっ……」
 神の足首を掴み、どうにかどけようとするセラ。
 重い。身体が潰れ割れてしまいそうだ。
 痛い。闘気が意味を失っている。
 熱い。雲海織りが、擦れ、綻び、薄くなっていた。
 跳べない。呪いとは違う、神によって、世界に磔にされているようだ。
「うん゛っ!……ん゛っ!……ん゛!……」
 セラは必死の形相で神の足を拳で打つ。そんな彼女を見下ろすリーラの顔は、蔑み。そして憎悪と憤怒を湛えていた。
「ノーラを、シーラを……皆を……返せっ!」
 黒き眼が負の感情に見開く。
 謂れのない感情を向けられたことなど、セラにとってはどうでもよかった。考えている場合ではなかった。
 とてつもない耳鳴りと、歪む視界。そして嘔吐感。ついには体が千切れてしまったのではと思わせる激痛が彼女を襲った。
「…………っ!」
 声も出ず、息が止まる。代わりと言わんばかりに、涙が流れた。神からの生存の時に流れた温かい涙とは違う、単純に苦痛に対して流れたものだった。
 ――助けて。
 声には出なかった。彼女の救いを求める言葉。
 ふと、腹を割らんとする神の足の力が抜けた。違う、感覚がなくなったのだ。そうセラは思った。わたしは神に、踏みつぶされてしまったのだと。
 現に彼女の顔には血が降りかかった。その生温かさはしっかりと感じているのだ。
 涙で歪む視界にはリーラが映る。徐々に上へと離れていく。セラに残された時間は幾ばくも無いと、身体を浮かし去っていくのだろう。完全には奪わずに、苦しむ様を眺めるつもりかもしれない。そうして負の感情を晴らそうと。
 サファイアは光を失っていく。
 死とはこういうものかとセラは思った。辺りが夜のように暗くなり、そうして暗闇へと命を誘うのだ。
「っが、ぶぅぅっ……」
 セラの瞳が完全に閉じるわずか前。それはリーラが漏らした苦痛の音だった。

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