碧き舞い花

御島いる

414:最期の言葉

「さあ、皆さん。出ましょう」グースは全員に言ってから、ユフォンに視線を向ける。「お願いします」
「もちろんです」
 ユフォンが頷く。すると間を置くことなく、元より眩かった空間が、さらに光を増した。影や全ての物体の境界を掻き消す程に。
 そうしてその光が納まると、セラたちは砂の大地に立っていた。原色の空に、燦々と太陽。そして二つの月。ウェル・ザデレァは何事もなかったかのように、彼らを再び向かい入れた。
「なにも、残ってねぇな……」
 辺りを見回して、ズィーが呟いた。
 彼の言う通り、周辺には砦を作っていた船たちの姿は跡形もない。テントとして張られていた煌白布など、もってのほかだった。
 ヴォードがしみじみと口を開く。
「残骸すらないとは、恐るべき所業だ。生きて帰還できることを、幸運と思わなければな」
「あぁ……感傷に浸ってるところ申し上げにくいんですが、将軍」
 幽体を消したユフォンが、恐る恐ると言った様相でヴォードに声をかけた。
「なんだ? 功績を称えろとでも?」
「!……キャロイ!」
 セラは二人の会話に耳に傾けようとしたところで、友の気配をわずかに感じた。一縷の望みとばかりに探っていたのだ。
「キャロイだと!?」
 ヴォードがありえんとばかりに威厳ある眉を顰めた。彼だけではない、その場にいた全員が彼女の言葉に似たような反応を示した。
「どういうことだ、ユフォンくん」ンベリカが血相を変えて、ユフォンに詰め寄った。「キャロイ女史は、生きているのか?」
「いや、待って、ンベリカさん」ユフォンは気圧される。「キャロイ将軍が生きてるかどうかは、僕にはわからないですよ。それはセラが言ったことですから。ただ、僕が言えるのは、ここが野営地のあった場所じゃないってことだけです」
「……なるほど、どおりで」グースは独りわずかに思考し、答えを出したようだ。「私の想定ではあなたは耐えられず、命を落とすはずだったので、わずかな苦痛だけだったのが不思議だったのですがね。ははは~、耐えた、とはよく言ったものですね?」
「ははっ。まったく、セラの言う通り嫌な奴ですね、グース将軍。機転を利かせた僕を想定外だったと素直に認めればいいのに」
 筆師が参謀将軍と視線をぶつけ合う。そんな彼に、『紅蓮騎士』が近寄って尋ねる。
「なあ、どいうことだ?」
「それはね、ズィプ――」
 ユフォンが説明をしようとする中、セラは彼に手を触れ、その場を跳び去った。説明を聞いている暇はない。すぐにキャロイのもとへ行き、わずかに残る命を呼び戻さなければ。


 打って変わって瓦礫の山。セラが避難前に考えたようにはなっていなかった。被害という結果がありありと表れている。
 純白の金属の破片が散り散りと砂上に積もり、その中に白と黒の死体が混じっている。中には辛うじて息のある者もいるようだ。
「――煌白布が……って、ははっ」
「ユフォン、キャロイはまだ生きてる。治癒をお願い」
 説明を遮られたことは特に気に留めず、ユフォンは頷く。「もちろんさ」
 セラは気配を辿り、瓦礫の山を進んでいく。「足元、気をつけてね、ユフォン」
「セラも……って、ちょっと待って。速すぎだよ」
「悠長なこと言ってられない。急いで!」
 後方の筆師に言いながら、セラは進む。そして大部分が金属の瓦礫の中で、比較的木片の多い箇所に辿り着く。テントの内部にあった空間が外に出されたのだと、一目でわかるほど豪奢な瓦礫の集まりだった。この中にキャロイがいる。
 立ち止まり、弱々しい気配に集中する。
「いた」
 セラは見つけた気配のもとへと、静かに、瓦礫を崩さないように慎重に進んだ。そして、足を止めると屈みこみ、足下の木片をどかした。
「キャロイ!」
 彼女の名を呼びながら、その状態を事細かに確認する。右下半身が完全に瓦礫に挟まれ、目視できる部分だけでも、鎧は至る所がへこんでいた。頭からはどくどくと血が流れている。吐血もしたのだろう、口の周りも鮮血に濡れていた。血に濡れた箇所には細かいガラス片が輝いていた。シャンデリアの破片とみられた。
「……セラ、フィ」
 呼びかけに気付き、血に赤く染まった口を開く女将軍。焦点の定まらない瞳がセラを捉えようと躍起になっていた。
「喋らないで、すぐにユフォンが治療するから」
 セラは後ろを振り返る。ユフォンは瓦礫に足を滑らせていた。じれったい、彼女はそう思って彼のもとへ跳ぼうとした。しかし、キャロイが彼女の腕を弱々しく掴んだことで、それはできなくなった。
 セラはキャロイに向き直る。
「……司祭、は……」
「ンベリカなら大丈夫! だから今は自分のことだけを考えて」
 自身に直接人を治す力ながないことを恨みながら、セラはキャロイの手を握る。振り返り、ユフォンを呼ぶ。
「ユフォン、早く来て!」
「わた、しは……もう、だめ、よ……。だ、から、きい、て……セラフィ」
「駄目じゃない! 絶対助ける!」
「感情的に、ならない、で……はぁ……どう、見たって、助から、ないわよ……」
「いや! 話なら、助かってから聞いてあげるよ。だから、諦めないで! ユフォンなら――」
 キャロイは首を横に振った。その目元は、仄かに笑んで見えた。
 そうして首の動きを止めると、彼女は虚ろな目でサファイアを捉えた。真っ直ぐと。
「……キャロイ」セラは目を細め、眉根を寄せる。
「いい……?」
「うん……」
 セラは彼女の手を握ったまま、祈るように俯く。友の最期の言葉に、誠心誠意耳を傾けるために。
「繋がって、いるわ……」
「セラ」
 背後からのユフォンの声。ようやく到達したようで、キャロイを覗き込むと、治療が意味を成さないと悟ったのだろう、口を閉ざした。
 そしてもう一人。
「キャロイ女史は生きているのか?」
 筆師と共に現れたのはンベリカだった。自身を救った者が生存しているかもしれないとなって、追ってきたのだろう。心配そうな顔でキャロイを覗き込む。
 二人の登場に口を止めたが、まだ何か言いたそうにキャロイはしていた。だが、セラの両脇に並んだユフォン、ンベリカと順に視線だけを動かした直後、その顔を歪めた。
 鼓動の音も微弱だ。
 もう、長くないようだった。
「繋がってる……」
 セラはキャロイの手を握る手とは反対の手で、胸元の『記憶の羅針盤』を握りしめた。期間でいえばわずかなものであったが、彼女と過ごした日々は濃密なものだっただろう。閉鎖された空間で唯一の同性だったことも手伝って。その日々は思い出として残り続ける。それは確固たる繋がりの証だろう。
 全てを伝えられたわけではないだろうが、セラは彼女の想いをしっかりと受け止めたのだった。

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