碧き舞い花

御島いる

408:交わるもの、交わらないもの。

 そもそも戦闘準備が万全だったセラは、準備をする必要のあったンベリカと別れ、独りテントを出た。
 野営地前、天を煌白布に覆われた広場はすでに多くの黒き兵たちに攻め込まれていた。その対応にあたるのは、ケン・セイ、テム、ズィー、ジュラン、そしてグースを除いた三人の男性将軍だ。実力者だけあって誰一人として苦戦はしていない。来る敵来る敵を易々と退けている。
 一体どこから、こんなにも大勢の敵が来たのか。
 煌白布により別空間となり、内から外に空間移動できないのと同じで、外からも中に瞬間移動することはできない。つまりロープスで攻め込んできたわけではない。
 ヌロゥだろう。セラは疑問を疑問ともせずに、すでに答えを出していた。
 一人戦わず、テントの前で高みの見物を決め込むグースの隣にセラは並んだ。彼の視線の先を追う。そこには彼女の求める気配もあった。
 ロープスでの侵攻ではないことを証明するように、淡い光を纏うくすんだ細長い男の背後。純白の壁が爆ぜたように破れていた。入り組んだ船たちの小路を無視して一気に突破してきたということだ。
 セラは皮肉っぽくグースに言う。「これも想定通り? 部下たちの攻撃を抜けてきた数人をここで叩くんじゃなかった?」
「それは理想に過ぎませんよ。想定はいくつもしておくもの。これもその一つです。部隊長格なら、これくらい当然でしょう。わたしの考える最悪の想定には程遠いですから、問題はありません」
「よく言う。自分は高みの見物のくせに」
「キャロイが到着を待っているんですよ」
 この場に女将軍がいないのは、ンベリカと同じで儀式を行っていたがために戦闘準備が整っていなかったからだろう。
「女の人の準備を待つなんて、随分紳士なのね」
「それはあちらも同じようですよ?」
 グースが軽く顎で砦の穴の方をしゃくった。示したのは、壁を破っただけで戦わず、両目を閉じて佇む男だ。
「あなたの登場を待っていたようです。ご武運を、『碧き舞い花』」
 言いながら身体を退いていく将軍。どこまでも自身が出る気はないようだ。
 策謀家が何を考えているかなんて考えても無駄だ。今は目の前の敵に、剣を向けるだけだ。
 セラはオーウィンを抜いた。
 そしてそのサファイアをヌロゥに真っ直ぐと向ける。すると、満を持して、くすんだ緑色の右目がかっと開いた。ぬらっとした笑みに、細まる。
「くくくっ……今度こそは楽しませろっ!」二本の歪んだ剣をその手に、わき目も振らずセラに迫るヌロゥ。「舞い花ぁっ!」
 その猛進の進路にいた部下たちを蹴散らしたヌロゥと、セラはテントの前で刃を交える。
 そして予感は的中した。儀式を行った部屋を出る時の予感だ。
 淡く輝く空気の膜と、碧きヴェールが激しく散り揺らいだ。
 予感の域を出ない。自発的なものではない。未だに発現の仕方や条件はわからないままだ。それでも今までで一番、自然に纏わったもだとセラは感じた。
 纏わった・・・・という感覚ではあったが、どこか、纏った・・・と感じられる部分もあった。自分からヴェールに近付いたような、そんな気がした。
 ヌロゥが嬉々として右目を大きく見開いた。「すぐに消すなよ」
 セラは自信に満ち満ちた、それでいて低く凛とした声で返す。「後悔するぞ」
「させてみろっ!」
 乱撃戦。そこからは、それはもう激しい斬撃の乱れ打ち。両者譲らず、空間を大きく使った打ち合い。まるで、はじめから事細かに決められた動きを再現しているかのような、演武のようなものだった。
 観客がいれば大いに盛り上がったであろう二人の戦いは、唐突に、打ち切られる。
 魔素で作られた縄が、二人の足下に現れたからだ。
 セラとヌロゥは二人して、示し合わせたように縄が現れるほんのわずか前にそれぞれ飛び退いていた。そんな二人に遅れて縄が狙ったのは、ヌロゥの足だった。
 フォーリスがまたしても復活したわけではない。そもそもヌロゥを狙ったのだから言わずもがなだ。
 セラは叫ぶ。「ユフォン! テントの中にいて!」
「嫌だ。僕は君をサポートするためにここに残ったんだ! それは治療をするだけってことじゃないっ!」
 テントの入り口。筆師ユフォン・ホイコントロは堂々と立っていた。
「邪魔を、するなぁっ!」
「……っ!」
 ユフォンに向かって、ヌロゥが空気の刃を飛ばす。テントの入り口近くにはグースがいるが、彼はユフォンを庇うために動こうとしない。しかし、もとより将軍に助けてもらおうとは思っていないセラだ、すぐさま筆師の前へ跳んだ。
 音もなく、フクロウが空気の刃を払い除けた。
「ユフォンが一緒に戦ってくれるのは嬉しい」セラは振り向かずに口にする。「けど、今は駄目。ヌロゥ相手に、護りながら戦うなんてできない」
 キャロイが浴場で口にしていたが、彼は将軍たちに戦士として見られていない。それはセラも同じだった。出会った頃より逞しく、マカも使いこなせるようにもなっている。液状人間に侵略されるホワッグマーラのために奔走し、時には自ら戦線に立ったこともあっただろう。しかし、まだズィーや他の同世代の戦士たちと同じようには見れていなかった。
 まだ、戦場では護るべき存在。
 侮っているわけではない。戦場を離れれば、彼は彼女にとって大きな支えであることに間違いはない。それに、現状の相手が部隊長ほどの強者でなければ、大いに受け入れていただろう。
「……そっか、ははっ。そうだよね。僕は何を勘違いしてるんだろうね……。状況もちゃんと判断できないのに、出しゃばっちゃって……」
「ユフォン、ちが、んっく……!」
 あまりに落ち込むユフォンに、傷つけてしまったと感じたセラはしっかりと考えを話そうと口を開いたが、ヌロゥによって阻まれてしまう。
 鍔迫り合い。
 今はこの戦いだ。セラはユフォンの傍で戦い、また彼に刃が向けられてはいけないと、その場に碧き花を残して消え去った。

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