碧き舞い花

御島いる

401:若き評議会員たちの会議

「わたしが死んじゃったって……みんながそう思ったの? 賢者も将軍も?」
 やっとのことで落ち着いたユフォンから事情を聴いたセラ。ありえないと言わんばかりに呆れた。かと思うと、すぐに自分の考えを訂正した。
「ぁ……そっか、それだけ弱ってたんだ、わたし」
 自分でも生きているのが不思議だったのだ。ヌォンテやイソラ程の感覚でもなければ、探せないほど気配や生命活動が小さくなっていたのだろう。
 セラは声を張り上げた。
「ごめんね、みんな、心配かけちゃって。でも、わたし大丈夫だから!」
 彼女の声に、人垣が湧いた。部屋が揺れる歓喜の声だ。
 そんな人垣をかき分けてズィーとテムが出てきた。ズィーの手にはオーウィンが握られている。彼はそれをセラに渡しながら小声で言う。
「嘘言うなよ。いくらみんなの気分下げないためだからってよ。俺でもわかるくらい気配小さいじゃねえかよ」
 セラは肩をすくめて悪戯っぽく微笑む。「小さいのに、ズィーにわかるの?」
「っ……感じ取れねぇから小さいってことだろ。……はぁ、まあそんなこと言えるんじゃ、大丈夫か」
 ズィーは普段の声量で今度はユフォンに言う。
「ユフォン、治癒は任せる。俺にはできないからさ」
「ははっ、もちろんさ。さ、セラこっちに」
 ユフォンは空いていたベッドがある方へと先導する。セラは移動しながらテムに言う。
「テムも、無事でよかった」
「俺もすぐに戦線に戻りたかったんだけどね」
「ナパードが使えりゃな」とズィー。
「まあそうなんだけど。ちょっとその場に止まんなきゃいけない理由があって」
「なに?」
「俺、遺跡の入り口、見つけたんだ。その場所を地図に覚えさせるために、動けなかった」
「『夜霧』の砦のところに、遺跡の入り口があるって聞いたよ」ユフォンがベッドの前で止まった。「休んでる時に白輝の兵に聞いたんだけど」
「それは嘘じゃない。グースは砦を攻めることになったときのことを考えて、兵隊全員にその情報を伝えてるはずだから。破壊を抑えるために。だから、たぶん『夜霧』が見つけてないやつだと思うんだ。まったく人が入ったような感じじゃなかったから」
「へぇ、よくわかんねえけど」ズィーがテムと肩を組んだ。「お手柄ってことだよな、テム」
 ヒィズルの戦士は苦笑だ。「うーん、そうなるといいけど」
 セラがベッドに腰掛ける。
 ふと、隣りにキノセが眠っているのが目に入った。その奥にはケン・セイとンベリカを除いた賢者二人が並んでいた。
「ンベリカさんはもう動けてるけど、賢者が三人も戦線離脱状態だなんて」ユフォンが残念そうに言いながら、セラに治癒のマカを施しはじめた。「僕も治療したし、煌白布も巻いてるから、みんな命に別状はないけど……」
 セラは問う。「次の開戦には厳しい? でも、そもそも今後どうなるかがわかんないか」
「今、師匠とンベリカさんが白輝の将軍たちが話し合ってるよ」
「……ノーラとシーラのことも、話してるんだよね」
「もちろんね。まさか、あの二人が裏切るだなんて……」
 評議会に裏切り者がいるということは、数人の賢者とカッパ、そしてセラしか知らないことだ。テムやズィーはあの場でその事実を知ったことになる。
 戦場であったことで大きく混乱しなかったのかもしれない。テムが今そのことを思い出したかのように苦々しい顔で噛み締めているところを見ると、セラはそう思えた。ズィーも戦場では意外と平然としていたものだったと。
「しかし、情報が洩れるなんてこと、あの髪マフラー野郎が考えないなんてな」
「ここまで作戦が相手に洩れてなかったから、グースも策にそのことを入れ込んでなかったんだと思う。もう入れ込む必要はないってさ。そこに付け込まれた。だからしてやられた。『夜霧』もこっちのここぞって作戦に合わせてきたんだ。グースも人だから、そういうこともあるよ」
「うん。確かにグースの策は巧妙で、果てしなくどこまでも考え込まれてる。でも絶対じゃない。だからわたしも一度は破ってるわけだし」
 一度目に相見えたときのことだ。白輝の策士は『碧き舞い花』の名こそ知っていたが、その実力の多くを知らなかった。それが彼の計算外のさらに外の存在へとセラを仕立て上げた。想定外をも想定し練られた彼の策は、並大抵のことでは覆らない。並大抵を超える出来事が、今回のようにその知略を破るのだ。
「これを踏まえて、グースがどうするかね」
 この戦地で一番頭の回る男がどう出るか。挟撃に耐え、情報を漏らす者もいくなった。そのうえで、彼が立てる作戦はどんなものだろうか。
 もしくは無窮を生む装置が埋まる遺跡を諦め、撤退するのかもしれない。向こうにはリーラ神もいる。どれほどの策を練ろうとも、通じないであろう並大抵を超えに超える存在。
 グースが神を鑑みたうえで作戦を立てるのか、それとも手を引くのか。見ものだ。
 そこまで考えて、セラは自分の思考に何か違和感を覚えた。今度はそれを考え込む。するとしかめっ面になっていたらしく、ユフォンが心配そうに声をかけてきた。
「痛むかい?」
「あ、ううん。違うのちょっと考え事……あ、そうだ。ズィー、鍵は奪えたの?」
 声をかけられ、思考から離れたことで俯瞰できたのかもしれない。スッと気になっていたことが出てきた。向こうにリーラ神がいるというのは決め付けだ。それが違和感だったのだろう。
「ああ、鍵なら奪えたぜ。今はケン・セイが持ってる。そのことも話してんじゃねーか」
「そっか……じゃあ、このまま戦争を続けることになりそうかな」
「そうだね」テムが頷く。「あんな強敵が相手じゃ、さすがにグースでも退くだろうけど。そうじゃないとなれば、たぶん諦めない。今度は、まだ敵に情報流す人間がいるかもしれないってことも頭において、次の作戦を立てるだろうね」
「……?」
 テムの最後の言葉に、消せたはずの違和感が蘇る。なにかが引っかかる。だがそれが何かがわからない。重要なことのはずだが、どうにもはっきりしない。
 そのことに焦点を当てて思考を巡らせようと彼女がしたとき、ズィーが異様に大きなを上げた。
「ああ!」
 セラだけでなくユフォンもテムも、それぞれわずかに苛立ち気味に声を揃えた。「なにっ?」
 ズィーはまじまじと返す。
「ってか、ノーラとシーラが裏切ったってことはやばいんじゃないか? 今日にはじまったことじゃないよな、絶対。それってよ、ずっと『夜霧』に評議会のこと筒抜けだったってことじゃねぇか!?」
「……ズィプの兄貴」
「君って人は……」
「今さら何言ってんのよ……」
「え、みんなわかってたこと?」
『紅蓮騎士』のキョトンとした顔に、三人はあきれ顔で溜め息を吐いたのだった。
 そしてその溜め息と共に、セラの頭からは違和感も吐き出されてしまった。

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