碧き舞い花

御島いる

389:護り石

「死んでない……じゃあやっぱり、包帯の技術と幽霊の技術の応用で、完全に生き返っているのね。それでいて、研究で得た成果を使っている」
「いいえ。僕は一度も死んでなどいない。魔導世界から姿を消したことで、死亡したと判断されたのでしょうけどね」
「嘘よ。あなたはどう見ても長寿の世界の人間ではない」
「そうですね。ですが、これも先程の壁と同じ説明で解決できます。ということで、ようやく本題に入りましょうか」
 クェトはおもむろに自身の服に着いた装飾品の数々に触れていった。
「これらは身に付けた者へ加護を与える鉱石。護り石と呼ばれるものを加工した宝飾です」
「石?」その単語のみで、セラは充分理解できた。「……つまり、生き物じゃない。だからあの壁は気魂法で消せなかった。そういうことね」
「はい。そしてこの護り石には様々な種類が存在していましてね、加護の効能も変わってくる。装着者を壁で守るものもあれば、その人物の時の濃度を薄め、長寿を与えるものもある。それが疑問の答えです。『碧き舞い花』。あなたは僕が幽霊の研究をしていたことまで知っているようですが、あれはまだまだ成果の出ないもの、時の流れに抗いながら研究するに値する対象です。時間がいくらあっても足りないっ」
 悦に入った声色で、熱のこもった言葉を口にする博士。それは研究者独特の情熱だった。だから、セラは彼に情報を与え、提案することを試みることにした。
「幽霊。完全幽体にはまだなれてないけど、準幽体になれる人がいます。彼女も完全幽体を目指して研究をしているんです。クェト・トゥトゥ・スさん。どうですか、その人と一緒に研究をしてみたくないですか?」
 彼女の言葉にクェトは髑髏の奥の目を瞠って動きを止めた。「……」
「おい、セラなに言ってん――」
「黙ってってて言ったでしょ」
「嘘、だろ……?」
 ズィーはあんぐりと口を開けて押し黙った。その目をセラと、復活を遂げようとしている死者二人、そしてその主クェトをナパードの如く行き来させる。
「ふぅむ……確かにそれはとても魅力的なお誘いです。他に目もくれずただ研究がしたいだけだった僕には、それはもう最上の」
「じゃあ――」
「ですが、駄目です」
「どうして?……ヴェイルの呪い? でもそれは、名前を口にしなければ――」
「そういう問題ではないのですよ、『碧き舞い花』。ふぅむ……あなたにあの方よりも前に、いいえ、もっと昔に出会っていれば、違ったでしょう。研究だけに没頭できていた頃の僕だったら」
 髑髏から覗く猫のような眼が、冷たく天を仰いだ。
「この空は僕の研究を理解せず、邪魔をする。そんな空を僕は憎悪する。今さら理解を、同志を得ようとも、この想いは掻き消えることはない。この壁のように」
 装飾品の一つを指で撫でるクェト。ふと二人の死者に目を向ける。そこにはそれぞれ四肢の繋がったガルオンとフォーリスが浮かんでいる。
「ふぅ……さて、そろそろ今回のお話の時間も終わりでしょう。彼らも元通りになりましたしね、命を除いて」
「どうしても、協力はできないんですね」
「諦めが悪いのはいいことですがね、『碧き舞い花』。……諦めてください」
「そうだ、セラ。意地張ってもしょうがねーだろ」
「……」
「研究と報復、今の僕の目的はそれだけです。研究はともかく、報復は、あなた方じゃ不可能でしょう?」
「……そう、ね」
 セラは残念に思いながらも、意識を切り替える。オーウィンに、手を伸ばす。
 静かに引き抜かれ、刃は月光に鈍く輝く。獲物を狙う、フクロウの眼光。
「残念だけど、あなたをここで倒す。そうすれば、その二人も止まるでしょ?」
「ん? 間違ってはいませんが……本当にそうするおつもりですか?」
 どこか不思議がった、はてさてというの博士の声と共に、二人の死者が地に降り立った。

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