碧き舞い花

御島いる

387:急転

 セラはオーウィンを背中に納めた。それを見てズィーが言う。
「よし、みんなんとこ、戻るか」
 生きた死体を二つ置き去りにして、進軍の先頭に戻ろうとした渡界人二人。が、足元からの野獣の声に、留まった。その声は大量に出血しているというのに、しっかりとしたものだった。これもルルフォーラの力によって、強化されているからだろうか。
「がはは……この状況は、俺の勘でも予想できなかった。だが」
「なんだよ?」
「俺以外に、部隊長がいなかったと言ったな、『紅蓮騎士』。それに、これは勘だが、『碧き舞い花』お前は、西の戦線あたりの気配でも探っていたんじゃないか?」
 セラは眉根を寄せる。
「その様子だと、やっぱ当たるなぁ~、俺の勘は。がはははは」
「なにが言いたいっ」
「誰もいなかっただろ?」
 ガルオンが不敵に笑むのと時を同じくして、彼女が耳につけた通信機からグースの声が聴こえてきた。
『……たった今、東の野営地が落ちました』
「ぇ?……っ!」
 セラは聴こえた参謀の言葉を飲み込む前に、背後に気配を感じ振り返った。そこでクェト・トゥトゥ・スを目にしたのも束の間。数えきれないほどの気配が、味方たちの背後に唐突に現れたことでそちらに目を向けた。
「当然さ」ガルオンが続ける。「手薄になった東を落とし、それから中央で挟撃に移るのが作戦なんだからな。がはは」
『現在、後方に敵が多数出現。評議会軍はそのまま前方を。我が軍は後方の敵を迎え撃ちます。今は、この挟撃を凌ぐことだけを考えてください。この事態を引き起こしたことについては、持ちこたえてからです』
「また会いましたね、『碧き舞い花』。しかし今回もまた、ゆっくりお話をしている場合ではないようで。残念です」
 状況の理解が追い付かないセラを置き去りに、『髑髏博士』は口を開いた。
「それにしてもよく考えましたね」セラとズィーの足下に転がる野獣を見ながら言う。「これでは死なないことになんの意味もない」
「わりぃな、博士」とガルオンが鼻で笑った。
「セラ。こいつが包帯の親玉か?」
 ズィーはクェトに向かって身構える。
 彼は通信機を装着していない。一時の休憩とばかりに外在力も解いてしまっていては、後方で大きく空気が動いたことも感じ取れていないのだろう。今の彼からしてみれば、この場に新手が現れただけなのだ。
「そう。だけど、今は早く戻らないと。みんなが挟み撃ちにあってる。東の野営地も落ちたって」
「は? どうしてっ?」
「知らないっ。とにかく皆のところに」
「そうしてください。僕は死体二つを回収しに来ただけで、戦う気は毛頭ありませんので、どうぞ参加してきてください」
「……いいのか、セラ」
「嘘じゃないみたい……今は、みんなの方に」
「よしっ」
「ですが――」
 セラとズィーが戦場の方角へと身体を向けたところで、クェトは髑髏の仮面の下より不穏な雰囲気を漂わせるくぐもった声を発した。
「――僕に戦う気がなくとも、彼らにはあるかもしれませんが」
 サクッ――。
 クェトがステッキで軽快に地面を鳴らした。
 するとセラたちの足下からガルオンがふわりと浮かびあがった。そうして主の周りをゆたゆたと浮遊する。そんな野獣に遅れて、フォーリスもクェトの傍に流れてきた。
「がははは、たのむぜぇ、博士」
「殺ずっ! 殺ずっ!! 殺ーすっ……!」
 続いて、八つの欠損部分がクェトの周りに集まりだした。
「なんか、やばいんじゃないか、これ」
 ズィーが零した言葉。セラもそれには賛同できた。だから彼女は、早急に『髑髏博士』の首を狙い、跳んだ。
「させないっ!……っく」
「なにをさせないと?」
 クェトの懐に現れた彼女だったが、彼の裾や袖から出てきた包帯によって身体を掴まれてしまった。そのまま後方へと投げ飛ばされる。
「んぁっ……!」
 飛ばされる最中、魔闘士と野獣の身体が徐々にくっつきはじめているのを目にするセラ。そしてもう一つ、彼女と代わるようにズィーがクェトに迫っているのも。
 セラにとっては不意の防御であったが包帯。ズィーは彼を捕えようとうごめく包帯を、躱し、斬り、クェトに刃を差し向けた。
 ガキィーーーーンッ……。

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