碧き舞い花

御島いる

386:高難度技術

「ズィー! 腕と脚を斬り落とせば、動けなくできる。復活もしない!」
 念のため斬り落とした魔闘士の四肢を彼の身体から遠くへ、衝撃波で吹き飛ばした後、セラはズィーに叫んだ。
「簡単に言うなよっ! コイツ、包帯の下の毛は硬いし、そもそも簡単に当たんねーだろっ!」
「がはっはっはぁ! それによぉ、俺にはルルフォーラの力があるんだぜ? 一本斬り落とされればそれだけで、お前らじゃ太刀打ちできないぐれぇに強くなる。そんくらい血が流れるってことだ。そう、俺の勘は言ってるぜぇ?」
「だとよセラっ! さっきみたいに一撃で殺さなきゃ、駄目だろこいつはっ」
「本当に、そう思ってるのか、お前?」
「なに?」
「あれは俺が色々知らなかったから成功したようなもんだぜ? もう、移動術が一人だけのもんじゃないってことも、血を止める薬があるってことも、知ってる。そんで、なにより、俺はもう、死なないっ! がははははっ! 勘が教えてくれる、お前らに俺を止めることはできないってなぁっ!!」
「っ……ってセラ! さっきからなんで参加してこねんだよ……?」
 ズィーがセラにちらりと目を向ける。それはガルオンも同じようで、二人の戦いがひと時の休息を挟んだ。
 セラは二人から離れたところで、目を閉じていた。
「がはは……そんなに考えたって、もうお前らには手はないぜ?」
 ガルオンの言葉は大幅に的を逸れたものだった。この時点で、セラは考えるという行為をしていない。すでに、そこは通過した後だった。
 目を閉じた彼女は、集中していた。意識を敵と、我が剣にだけ向ける。
 野獣の知識の外にある技術を用いれば、勘の網には掛からない。先刻承知の事実だ。先程はそれを踏まえたうえで、一撃で命を奪うことを考え、実行した。
 今度は、殺さずに、手足を斬り落とす。
 大乱戦の中でなくてよかった。セラは集中の中、そんなことを頭に浮かべていた。
 それほどまでに集中を要する技術だ。だが、集中できればなんてことはない。
「っは! 寝てんじゃねーぜ!」
 ガルオンが標的をズィーからセラに変えた。十本の爪を構えながら向かってくる。
 瞳を閉じたままそれを感じ取ったセラは、誰に言うでもなく呟く。「右腕……右脚、左脚、そして左腕」
 サファイアが薄闇に現れる。
 ただ一点、敵だけを見つめ、セラは駿馬で駆けだした。
 勘のいいガルオンは当然とばかりに、彼女の行先に右手を出していた。その爪がセラの眉間にピタリと当たった。彼女が急停止したのだ。
「っち」
 ガルオンの舌打ちよりわずかに早く、セラは身を退いていた。わずかに刺さっていたのだろう、眉間から血が滲みでてきた。
 表面張力によって保たれた小さな血の玉が、その形を崩すより早く、セラはオーウィンを振るっていた。
「ふん゛っ」
 包帯の下にある硬質な体毛だけでも堅い守りだというのに、野獣は筋肉に力を込めて硬くする。闘気を放出し、魔素を鋭く纏わせても斬り落とすことは不可能だろう。実際、先の戦いで『碧花乱舞』を行なった際も、魔素を鋭く纏わせてなお、傷をつけるのが限界だった。
 ガルオンも分かっているからこそ、その対応をするだろうとセラは思っていた。だからこそのさっきまでの集中だった。
「ぐぁっ!!……なにっ!?」
 野獣の右腕が撥ね飛んだ。
 セラが用いた技術は、金剛裁断だ。
 女剣士シズナより授かった奥義の一つ。極めれば金剛を容易に断ち斬ることのできる程の切れ味を、技術として剣に乗せる。
 腕一本で終わりではない。
 後退する身体。セラはすぐさま剣を切り返し、鋭利な魔素を纏わせた。それも、刀身の倍ほどの長さまで。長刀となったオーウィン。
 フクロウは盛大に羽を広げ、敵の右脚、左脚と順に斬り裂いた。
 両脚の切断面がぬめりと横ずれし、ガルオンの身体が前へ傾く。
「最後っ!」
 セラは掛け声を上げ、振り抜き終わったオーウィンを砂の大地に突き刺した。それを支点に足を跳ね上げ、敵の肩口を蹴り押した。同時に剣から手を離し、ガルオンに馬乗りになるように倒れていく。
 その僅かな時間でセラは体勢を整え、その手に魔素の剣を現出させた。体重を一手に乗せて、押し倒しているガルオンの腕へあてがった。
 硬い。魔素の刃は腕の半ばにも入り込めていなかった。最後の最後で、計算を見誤った。彼女の勘では、これで野獣の四肢を全て落とせるはずだったのだ。
 ここにきて、勘が外れるなんて。そう思ったセラだが、諦めてはいない。すぐさまオーウィンを手にしようと、敵の上から離れることを考えた。しかし、苦痛に歪みながらも笑う野獣の顔が眼下にはあった。
 ルルフォーラの力だ。
 一瞬の出来事とはいえ、すでに多くの血が流れていた。普通なら弱るところを、ガルオンの気配と腕力は爆発的に大きくなっていた。
「その首、へし折ってやるっ!!」
 野獣の左手が、セラの首を掴んだ。
「んがぁっ……」
 気道が塞がり、頸骨が軋む。闘気を体表に留めていなければ、意識が跳ぶ云々の前に首が折れて命を失うだろう。セラは意識がなくなる前に、ナパードで逃げようとした。
 だがその前にふっと、ガルオンの腕の力が弱まったのだ。彼の苦痛の唸り声と共に。
「っ?」
「詰めが甘いんじゃねえか」ズィーが彼女の首から野獣の手を外しながら笑っていた。「お前も、セラも。俺がいんだろ」
「……紅蓮、騎士ぃ…………!」
 吠えるガルオン。無情にもその腕はズィーによってそこらへ投げ捨てられる。
「いやぁ、金剛裁断はいいとしてさ、意思斬り、できるもんだな」
 手を取って立つのを手伝ってくれるズィーの言葉に、動きを止め、セラはその手を離した。顔を引きつらせる。
「思惟放斬を、やったの?」
「ああ、そうだよ。斬れなかっただろ、セラは」
 セラは血の気が引いてゆくのを感じた。立ったはいいが、くらっとしてしまう。ガルオンの締め付けで頭に酸素が回っていないからではないだろう。これは、『紅蓮騎士』のせいだ。
「ほら、うしろ。見てみろよ」
 外在力を用いて斬撃を飛ばしたのだろう。振り返ると、深く切れ込みに入った砂丘が、その刀傷を埋めている最中だった。
 斬ったという意思を剣から発し、斬撃の対象を選別する技術。本来は剣の届かぬ遠方の対象物を斬るものであるが、セラでさえ魔素の助けがなければ剣の届く範囲に限るという難易度の高さだ。それを、そもそも不得意とし、今まで使ってこなかったズィーが使ったというのだ。
 突発的に挑戦することはセラとしても構わなかった。しかし、場合が場合である。騎士が守るべき姫に、その命を奪ってしまうかもしれない賭けをするとは。
「……勘で、できる、そう思ったからやったんだよね? そうだよね?」
 戦いに関しての彼の勘には信頼を置いているセラだ。ここで彼にしっかりと頷いてほしかった。そうであると確証が欲しかった。それ得られれば、引いた血の気も戻ってくるだろう。
「当然!」力強く笑み、親指を上げるズィー。「てか、俺には何かを斬りたいって想いじゃなくて、セラだけは斬らねぇって考えた方がいいみたいだな。どんだけ苦労してもできなかったのによ、案外簡単だって感じた」
 にこやかに、わずかに気恥ずかしさを感じさせる態度で言うズィーに、セラはほっとした。そして自分の勘は外れていなかったのかもしれないと思い直す。
 ガルオンの四肢を斬り落とせると思ったのは、恐らく潜在的にズィーの存在までもを計算に入れていたのだろうと。

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