碧き舞い花

御島いる

385:有効手

 すでにこちらか、本部野営地に進攻をはじめているのかもしれない。
 セラは西の野営地付近に誰一人のものも気配を感じなかった原因を、そう考えた。しかし、それを確認できるほど感覚を広範囲に向けることはできないでいた。そのような生易しい戦場ではない。
 ガルオンの膂力と勘、フォーリスの無尽蔵の魔素とそこから繰り出される帝級のマカ。いくらズィーとの共闘とはいえ、一時たりとも気を抜けない。
 竜化したズィーがガルオンと組み合う。そこに、フォーリスが以前自身を潰した高圧力のマカを降らせる。外在力も用いているズィーは、マカによる空気の変化の機微をしっかりと感じ取れているのだろう、ガルオン共々ナパードで回避する。彼はセラのように一人だけで跳べるほど器用ではないのだ。
 セラは彼の回避先を感じ取り、先回りすると、野獣の背後にフクロウを差し向ける。
「ふははっ……」ガルオンが彼女に目を向けることなく笑った。そしてその声は紅き閃光と共に途切れ、セラの斜め後方より続きが聞こえた。「やっぱ、当たんねえだろ? 消えると思ったんだ、『紅蓮騎士』」
「セラ!」ズィーがガルオンから離れながら叫ぶ。
「わかってるっ!」
 セラは応えながらも、意識を砂の大地の下に向けていた。そして、大きく飛び退く。
 彼女の回避行動を追うように、その場所の砂が、まるで刃のごとき鋭さで爆ぜ上がった。月明かりに照らされた砂粒たちは、銀の粒のようで、キラキラと戦場には似合わぬ美しさで舞い散る。しかしそれに見惚れている余裕はない。
 地面を転がり体勢を整えると再度、すぐさまセラはその場を離れた。脚を高々と上げて側転をしながら、爆ぜる砂粒の足下を見やる。
 魔素が、彼女を追いかけてくる。それだけじゃない。セラの回避先には、罠がすでに張られていた。このまま足を地面においては荊の拘束にあい、砂もろとも吹き飛ばされる。捕まり、ナパードが使えなくなってしまうならばと、セラは足を着く前にその場から跳んだ。
 現れたのはマカの主であるフォーリスの正面。
 ガルオンに白刃戦を任せ、強大な魔素でそのガルオンもろとも二人の渡界人を潰そうとしていた男。だが、自分が狙われることを失念してはいなかった。
 雷を纏った拳が、側転を終えて剣を構えたセラを待ち受けていた。かといってセラがそれに焦ることはない。彼女がそれを知らないでいる方がありえない。
 フォーリスの拳に向かって衝撃波を放つセラ。紫電が四散し、セラとフォーリスを明滅させる。その明滅の中、セラは駿馬の足捌きを用いて身体を回しながら、フォーリスの脇へと抜け出る。その最中にフクロウは振り上げられ、見事に獲物の腕をももぎ取った。
 きれいな斬り口を有した腕が一本。血飛沫と放電と共に中空を回った。
「ぐぅう゛う゛うううっ……!」
 野獣よりも獣じみた唸り声を上げ、損壊した腕を押さえる魔闘士。残った腕に巻かれた包帯は真っ赤に染まっていく。そして膝をつく。
 死者であっても痛みに苦悶する。そのことは前回の戦いの時に見ている。
 前回は胴体を斬り裂いただけで、その傷口も包帯の修復と共に塞がっていたが、切断された部位を、包帯は塞がないらしい。傷が治らず、フォーリスは体を丸めてうずくまり続ける。
 セラはそこに勝利への光明を見出した。
 自身の命を捨てるような戦法を取れる、死に対してなにひとつ躊躇のないこの包帯の兵士に対して、有効な手段はこれなのだと。
 殺せないが、行動不能にはできる。
 ぐっとオーウィンを強く握るセラ。
 その瞳が鋭くなる。それは凛としたものではなく、冷酷で温度のない、今までに彼女が見せたことのないような感情を押し殺した眼差しだった。
 光明を見たものの、内心、彼女はこの方法に抵抗を覚えていた。仕方がないが故に、躊躇ってはいられないということだけを考えて、感情を押し殺す。
 敵に対して容赦はしないとは言えども、それは相見えた者として命を奪うことに関してだ。殺さずに苦しみを与えるようなことは、敵と言えども心が痛む。
 うずくまるフォーリスを蹴り転がし、仰向けにさせた。
「ん゛んんんん゛っ」
 表情は包帯の上からでも苦痛に歪んでいるのが分かる。
 一息吐いて、ばたつく脚に狙いを澄ますセラ。一思いに剣を振るった。

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