碧き舞い花

御島いる

383:司祭の言葉

「セラ、来たか」
 セラたちが姿を現すと、ケン・セイが一番に反応した。
 それに続いて視線が彼女たちの方に向く。
 テム、ンベリカ、メルディン、ズィー、ピョウウォル、ジュラン。
 評議会の軍勢の先頭には、現戦争に参加する評議会の戦力の大部分を占める面々が集結している。
「『唯一の双子』も来たのか」一番近場にいたンベリカが双子を一瞥して呟いた。「まあ、一列ほどでは、前も後ろもないか」
 カッパへの報告の時に評議会の動きに関しても話し合われていた。その結果がこれだ。
 一気に攻勢に出るというグースの作戦に対して、『白輝の刃』に比べ統率力の劣る評議会では、単騎で大きな戦力となる戦士を前面に出すことになったのだ。
 それゆえに、セラのいる最前列の一団の後ろには、彼女に引けを取らない気配の持ち主が集まっていた。ンベリカが双子に対して言葉を零したが、本来なら双子も一つ後ろの隊列に入る予定だったのだろう。
「わたしたちが一番最後ね」
 キノセが乾きはじめた髪を整えながら言う。「俺も一緒にするな」
「一緒でしょ?」
「お前を待ってったって言っただ――」
「セラ殿ぉー!」
 後方の一団から叫びに近い大音声が聞こえてきた。
 マツノシンだった。
 彼以外にも『碧き舞い花』の登場に、戦士たちが盛り上がりを見せる。薄闇の中に彼女の碧き閃光はさぞ目立ったのだろう。
「俺の心色指揮より効果がありそうでなによりだな、ジルェアスっ」
「そお? ありがとっ」
「っけ」
 キノセはわざとらしく肩をすくめてみせて、彼女から離れて行った。師であるメルディンのもとへ歩み寄る。
「ねぇ、ンベリカ。本当に――」
「――わたしはここでも、問題ないの?」
 双子が二つの口を使って、ンベリカに訊いた。
「さっきのが聞こえただろ? 戦いがはじまれば前後のずれはどうせ出てくる。まあ、少し大変になるだろうから、そこはしっかりな」
「うん、大丈夫よ」
「任せておいて」
 双子と視線を合わせ頷くと、ンベリカはセラたち最前線も含め、評議会の大集団の先頭に歩み出て振り返った。そして、メルディンに呼びかける。
「メルディン殿、頼む」
「仰せのま~まに」
 メルディンはそれだけ答えると、大袈裟にお辞儀をしてから指揮棒を構え、ンベリカから群衆へ向けて一振りした。そして細い目のままンベリカを一瞥する。それを見て、ンベリカは頷き、咳払いをひとつ。すると、未だにセラの登場に騒いでいた前列の戦士たちが静まり返った。
 司祭の咳払いは特筆して大きな音ではなかった。それでも、しっかりと彼らの耳に届いたのだ。指揮者の力によって。
 ンベリカが発した声が、五線と共に音符となって、戦士たちの耳へ届けられる。視認は不可能であったが、恐らく最後列までしっかりと全員の耳に入り込んでいるのだと思われた。なにより、近場のセラの耳にも、五線譜が違和感なく入り込んできて、司祭の声を鮮明にしてくれていた。
「みんな、ここが正念場だ。気を引き締めてかかるように。君たちは選ばれし者たちだ。……こんなに大勢で、選ばれし者などと戯言と思うか? しかしどうだろう。この異空には俺も、君たちもまだ知るに至らない、出会ったことのない人々が計り知れないほどいるはずだ。この大地の砂粒のように、吸っても底を突かない大気のように! その中で、君たちはここに立っている」
 ンベリカはそこで、しばらく間を置いた。そしてわずかに笑んだ息遣いの後に、まるで最後列にいる戦士までもを見つめるような真っ直ぐな視線で言い放った。
「誇れ! 君たちは……君は選ばれし者! 活躍に期待する、以上っ!」
 刹那の沈黙。その後、大地がドッと揺れる程の猛り声。空気がビリビリと震えるのは、超感覚がなくても感じ取れただろう。
 キノセの指揮、『碧き舞い花』の存在、『空纏の司祭』の言葉はそれらを遥かに上回って士気を高めるものだった。

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