碧き舞い花
380:希望を孕んだ悪夢
これまでに何度、故郷の焼かれる光景を目にしただろう。
数多。
彼女の安眠を妨げ、その度に故郷と一族の仇討ちの想いを忘れさせない悪夢。
しかし今宵は希望を孕んだものだった。
不変の理が如く、焼かれるエレ・ナパス・バザディクァス。そこはいつも通りだった。
そしてそこで、ズィプガルと肩を並べ、褐色の大男ガフドロと対峙する。これも、巨人世界アルポス・ノノンジュで見た酷夢以来、ずっと同じものだった。
それからズィプがガフドロの大剣に伏し、絶望したセラフィに大剣が振るわれる。細かいところが違うにしろ、専らそれが彼女の見る悪夢の流れ。
それをはっきりとした意識で見ながらも、目覚めることができず、早朝まで通しで繰り返す。
それが、今回は違ったのだ。
もちろん幾度かは、ズィーの死を目の当たりにし、自身も命を落とした。普段通りの悪夢だった。ただ最後の周回、開戦前の予鈴である鐘の音が彼女を起こす寸前だけは、全く新しい展開を見せたのだ。
焼かれた故郷で幼馴染と肩を並べ、ガフドロと剣を交えるところまでは一緒。
普段ならばズィーが敵の刃に散るところ。まさにその瞬間だ。
夢に碧き閃き走った。
――あの力!
夢の中の彼女は、件の力を用い、エメラルドのヴェールと共にズィーを凶刃から守ったのだ。
そこからはズィーと二人で、類を見ない圧倒。
ついに悪夢が晴れる、セラがそう思ったとき。ガフドロの体躯を黒き靄が包み込んだ。そして放たれる衝撃に、二人は吹き飛ばされ、母なる大地に膝をついた。
「なんだよ、あれっ……!」
「わかんないっ……」
二人は立ち上がり、それぞれに愛剣を構えて黒き靄の様子を窺う。徐々に、膨らんでいく。そして、もう一度、強烈な衝撃波が放たれた。
その黒き衝撃は二人に到達するまでに家屋や木々、燃え盛る火炎や大地までもを掻き消していく。
「やばいんじゃねーか!」
「わかってるっ!」
ズィーとセラはそれぞれ、剣から空気の刃と、魔素の刃を撃ち放す。しかし力及ばず、黒に掻き消される。
万事休す。
だが、先に述べたようにこの夢は希望に満ちるものなのだ。
鮮やかな、群青。
「二人して、まだまだだな、まったく」
口元に笑みを湛え、その青年は二人の前に現れた。
エァンダ・フィリィ・イクスィア。
わずかに顔を後ろに向けた彼の、水色の髪の間から、片方の碧の瞳が覗く。かと思えば、彼はすぐに正面を向き、カラスの名を持つ漆黒の剣を静かに抜いた。
ズィーが喚く。「いくらエァンダでも、無理だ!」
「エァンダ」
セラは彼の名を、彼の背に投げかけた。意識を有して夢を見ているこの状態ならば、フェリ・グラデムで起こった現象のように、彼と話せるのではないかと思ったからだ。しかし、彼は彼女には応えないまま、タェシェをゆっくり振り上げた。
「待ってろ、すぐだ」
それだけ言って、彼はタェシェを振り下ろした。
ちょうど黒き衝撃波が目前と迫っていて、カラスは真正面にぶつかる。
黒と黒がぶつかったというのに、まばゆい真っ白な光が爆発的に煌めいて、夢の世界から境界線という境界線を消していった。
とても暖かく優しい、心地のいい光だった。
リン、ゴーン……、リン、ゴーン……。
そこで彼女は目覚めた。
寝覚めがよかった。それでも上体を起こしたセラは、キョトンと呆けてしまった。自分がわずかに微笑んでいるという事実に。これほどに和やかな気分で目覚めたのはいつぶりだろうか。
そんな彼女の眼前を、ノーラとシーラの顔が塞いだ。双子はセラのすぐそばで、身体を寄せ合い仮眠を取っていたのだ。
「どうしたの、セラ」
「また悪夢?」
「う、うん……そう、かな」
歯切れの悪いセラの返答に、首を傾げる双子。
「寝ぼけてる?」
「起きて、セラ」
「そんなんじゃ」
「駄目よ」
「ほら」
「行きましょう」
「……う、ん。わかってる。大丈夫だから、先に行って」
「「はーい」」
双子はセラから離れて行く。
寝起きに左右から交互に話されるというのは、あまりに奇妙な感覚だった。痛くなるわけではないが、頭が違和感でむず痒い。それを払うように、セラは一度大きく息を吐いてから、ベッドから降りた。
枕元に立て掛けておいた装備一式を、戦地へ意気と共にしっかりと身につけた。
数多。
彼女の安眠を妨げ、その度に故郷と一族の仇討ちの想いを忘れさせない悪夢。
しかし今宵は希望を孕んだものだった。
不変の理が如く、焼かれるエレ・ナパス・バザディクァス。そこはいつも通りだった。
そしてそこで、ズィプガルと肩を並べ、褐色の大男ガフドロと対峙する。これも、巨人世界アルポス・ノノンジュで見た酷夢以来、ずっと同じものだった。
それからズィプがガフドロの大剣に伏し、絶望したセラフィに大剣が振るわれる。細かいところが違うにしろ、専らそれが彼女の見る悪夢の流れ。
それをはっきりとした意識で見ながらも、目覚めることができず、早朝まで通しで繰り返す。
それが、今回は違ったのだ。
もちろん幾度かは、ズィーの死を目の当たりにし、自身も命を落とした。普段通りの悪夢だった。ただ最後の周回、開戦前の予鈴である鐘の音が彼女を起こす寸前だけは、全く新しい展開を見せたのだ。
焼かれた故郷で幼馴染と肩を並べ、ガフドロと剣を交えるところまでは一緒。
普段ならばズィーが敵の刃に散るところ。まさにその瞬間だ。
夢に碧き閃き走った。
――あの力!
夢の中の彼女は、件の力を用い、エメラルドのヴェールと共にズィーを凶刃から守ったのだ。
そこからはズィーと二人で、類を見ない圧倒。
ついに悪夢が晴れる、セラがそう思ったとき。ガフドロの体躯を黒き靄が包み込んだ。そして放たれる衝撃に、二人は吹き飛ばされ、母なる大地に膝をついた。
「なんだよ、あれっ……!」
「わかんないっ……」
二人は立ち上がり、それぞれに愛剣を構えて黒き靄の様子を窺う。徐々に、膨らんでいく。そして、もう一度、強烈な衝撃波が放たれた。
その黒き衝撃は二人に到達するまでに家屋や木々、燃え盛る火炎や大地までもを掻き消していく。
「やばいんじゃねーか!」
「わかってるっ!」
ズィーとセラはそれぞれ、剣から空気の刃と、魔素の刃を撃ち放す。しかし力及ばず、黒に掻き消される。
万事休す。
だが、先に述べたようにこの夢は希望に満ちるものなのだ。
鮮やかな、群青。
「二人して、まだまだだな、まったく」
口元に笑みを湛え、その青年は二人の前に現れた。
エァンダ・フィリィ・イクスィア。
わずかに顔を後ろに向けた彼の、水色の髪の間から、片方の碧の瞳が覗く。かと思えば、彼はすぐに正面を向き、カラスの名を持つ漆黒の剣を静かに抜いた。
ズィーが喚く。「いくらエァンダでも、無理だ!」
「エァンダ」
セラは彼の名を、彼の背に投げかけた。意識を有して夢を見ているこの状態ならば、フェリ・グラデムで起こった現象のように、彼と話せるのではないかと思ったからだ。しかし、彼は彼女には応えないまま、タェシェをゆっくり振り上げた。
「待ってろ、すぐだ」
それだけ言って、彼はタェシェを振り下ろした。
ちょうど黒き衝撃波が目前と迫っていて、カラスは真正面にぶつかる。
黒と黒がぶつかったというのに、まばゆい真っ白な光が爆発的に煌めいて、夢の世界から境界線という境界線を消していった。
とても暖かく優しい、心地のいい光だった。
リン、ゴーン……、リン、ゴーン……。
そこで彼女は目覚めた。
寝覚めがよかった。それでも上体を起こしたセラは、キョトンと呆けてしまった。自分がわずかに微笑んでいるという事実に。これほどに和やかな気分で目覚めたのはいつぶりだろうか。
そんな彼女の眼前を、ノーラとシーラの顔が塞いだ。双子はセラのすぐそばで、身体を寄せ合い仮眠を取っていたのだ。
「どうしたの、セラ」
「また悪夢?」
「う、うん……そう、かな」
歯切れの悪いセラの返答に、首を傾げる双子。
「寝ぼけてる?」
「起きて、セラ」
「そんなんじゃ」
「駄目よ」
「ほら」
「行きましょう」
「……う、ん。わかってる。大丈夫だから、先に行って」
「「はーい」」
双子はセラから離れて行く。
寝起きに左右から交互に話されるというのは、あまりに奇妙な感覚だった。痛くなるわけではないが、頭が違和感でむず痒い。それを払うように、セラは一度大きく息を吐いてから、ベッドから降りた。
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