碧き舞い花

御島いる

372:技術伝承の様々

「では、続けましょう」グースはわずかに身を乗り出す。「つまり、封印されるほどの技術を知っている存在というのは稀有。冒頭に可能性の話と言いましたが、この戦場に二人もその知識を持った人間が揃うことなど、『髑髏博士』が生き返っているという事実より、可能性が低い。そう、私は考えています」
「待って」ピョウウォルがフサフサの毛におおわれた口を開いた。「死者を復活させて操るっていうのは、セラも見てるし、信じるよ。けど、それは他人を操るのでしょ? そのクェトって人は他の誰かに蘇生してもらったんじゃないの? だから、あなたとは違って技術を知ってるだけじゃなく、使える人が『夜霧』にはいるってことにならない? ピョウウォルはそう思うけど」
 実際に見たのは死者を蘇らせた場面ではなく、自ら復活したところだったが、セラはピュウォルの言葉を後押しするように頷いた。
「一理ありますね、しかし……『無機の王』」口の見えない者同士が視線をぶつけ合う。「あなたの技術はどうですか?『王たる力は、王のみが扱え、王から王へと引き継がれるのみ。』というのが、ギーヌァ・キュピュテの伝承であり、規則。似たようなところでは『空纏の司祭』の世界、チルチェ。外在力と呼ばれる空気を纏う技術は、門外不出。……まあ、今ではだった・・・、ですけどね。評議会にも常闇の住人にも、各一名、他世界人でありながら外在力を扱える者がいるわけですから」
「違う。訂正させてもらうぞ」ンベリカは椅子を鳴らし、机に手を着いて立ち上がった。「他世界人で外在力を使えるのはズィプだけだ」
「『紅蓮騎士』だけ? いまさら汚点を隠す必要が?」
「汚点ではあるのは認めよう。だがお前の思っている汚点はずれている。さらに言えば、別に隠していたつもりはない。評議会でも話題に上げなかったのは、あいつが異空に害をもたらすのなら、どこの誰であろうが関係ないと考えているからだ」
 ンベリカはセラを一瞥してから、グースに向き直る。
「……だから、俺が訂正したておきたいことは、ヌロゥ・ォキャが他世界人ではないということ。あいつはチルチェで生まれ育った人間だということだ」
「……なるほど、それは初耳ですね。訂正し、お詫びしましょう。私の勉強不足でした」
「……いや、話を止めてしまいすまない」ンベリカは静かに椅子に座り直した。「続けてくれ」
「ええ。つまりですね、私が言いたいのは、技術が必ずしも多くの人間に伝達されるとは限らないということです。一子相伝や一族占有などの伝統や文化を背景にしたもの、口伝や書物などの伝達様式の違い、などなど様々な理由はあるでしょうが……。もちろん、死者の復活に関しては、完成して間もなく、頒布の余地なく封印されてしまったということもあるでしょう。しかし、そうでなかったとしてもこの技術はそう多くの人間が習得するには至らなかったでしょう」
 ヴォードが低く息を吐いた。「……その封印された書物が未完だったからか」
「いいえ、残念ながらそうではありません、ヴォード卿。未完とはいえ、特殊な包帯の生成方法から使い方までしっかりと記されていました。……失礼、しっかり、は間違いでした。作為的に情報が抜き取られた状態で最初から最後まで書かれたいたのです。つまり、書物だけでは伝達が不充分。他人に読み取られるのを拒んだか、技術が技術故に多く広まらないようにととった配慮か……どちらかはわかりませんが、その作為は巧妙で、最初から書物だけでは技術の習得が不可能なように書いたのだと、そういった印象を受けましたね」
「要するに。なんだかんだ言ってそれを使えるのは開発した本人だけ、ってことすか?」
 ズーデルの簡単なまとめに、グースはしっかりと頷いた。

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