碧き舞い花

御島いる

368:二人の迎え

 ヅォイァは老人の身体に戻り、海にぷかりと浮かんでいた。
 頭を出した近場の砂丘に姿を現したセラは、術式で足場を作りながら彼のもとへと向かった。「ヅォイァさん」
 辛うじて意識が残っていたが、目は眠りに落ちる寸前で、セラに焦点が合っていない。それでも彼は口を動かした。
「ぁぁ、ジルェアス嬢。悪いな」
 いえ、と応えながら彼に触れようとしたセラは、彼が視点の定まらない目をしきりに一方向へ動かしていることに気付いた。その方向を探りつつ目を向けると、そこにはヌロゥ・オキャがいた。
 ヅォイァとは違い砂丘の上に、体の左側を下に横たわった彼は、雲海織りの衣服も含めてボロボロ。気配も生きているのが不思議なほど小さい。
 セラが敵の存在に気付くと、申し訳なさそうにヅォイァ。「仕留めきれんかった」
 セラは首を横に振る。「生きていてくれただけで、充分です。さ、戻りましょう」
 そうして再度、彼に触れようとしたとき、ヌロゥのいた場所に新たな気配が現れた。彼女の知っている気配だ。
「あらっ! あなたもいたのね、『碧き舞い花』」
 ロープスの暗闇から現れた求血姫ルルフォーラは、戦争には参加していないのか、まったく汚れのない豪奢なドレス姿だ。
「ルルフォーラ」
 二人の姫はわずかな時間、視線を交えた。
 先に視線を外したのはルルフォーラ。燃えるような瞳を細め微笑を湛えただけで、セラに対して二の句は発しなかった。代わりにヌロゥに唇を尖らせ、文句を垂れる。
「もぉ、どうしてわたしが運ばなきゃならないのよ。あとで血を貰わなきゃ割に合わないわ」
「黙れ……っ」気配から感じる弱り具合にしてははっきりとヌロゥは声を出しす。「貴様にくれる、ものは、何もないっ…………」
「あっ、そういうこと言うのね。部隊長じゃなきゃ、殺してるわよ? ま、ほっとけばもうすぐ死にそうだけど。ウフフッ、無様ね、ヌロゥ。あの子にやられたの? ついにやられたのね、アハハハ」
「貴様とは違う。貴様、『碧き舞い花』にやられ帰ったことが、あるだろう……」
「違うわ。わたしは『闘技の師範』にやられたのよ。あなたが殺せないあの子の血を、いただく前に。そうよね、セラフィ?」
 舌なめずりと共にウィンクを見せる求血姫。熱風が彼女の桃色と朱色の髪をわさっと揺らす。
「……」セラは口を開かず、ただただその燃えるような瞳を睨み返す。
「そんな怖い顔しないで。休戦前よ? まあ、わたしは次も出ないけど。それじゃぁ、また会いましょう、セラフィ」
 ルルフォーラは優雅な手つきで手を振る。その後そっとヌロゥの肩に手を触れた。すると、ふわりと彼の身体が浮かび上がった。ルルフォーラ自身もだ。
 二人の後方にロープスの穴が開く。
 その風圧でヌロゥのくすんだ緑の髪が動き、閉じた左目がちらりと見えた。
「なによ、左目使ってないじゃない。本当にあの子と戦ってないのね、強がってるだけかと思ったわ」
「黙れ、ささっと、退け……」
「さすがは冷酷非道隊長様ね」
 それから一度も振り替えず、浮かせたヌロゥと共に、ルルフォーラはロープスの闇に姿を消した。
 風が波と葉擦れのさざめきを連れてくる。あたりは自然の音だけで満ちていた。
 多くの気配がちりばめられていた戦場は、多くの時間を掛けずに長閑な観光地然としていた。それもこれも、どちらの軍隊も瞬時に移動する術を持つからだろう。開戦前は行軍したというのに、退くときはこうも刹那的か。
 セラは二つの月が浮かぶ、夕暮れには少し早いが青みの薄くなった空をそっと見上げた。
 二つの月は地面と平行に動いているのか、開戦時と全く変わらず、同じ高さにあった。それぞれに大きさは変わっているが、どちらがどのように変化したのかはさっぱりわからなかった。
「わたしたちも行きましょう」
「ああ」
 腰を落とし、セラはヅォイァに触れた。

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