碧き舞い花

御島いる

362:記憶にない知り合い

「厄介な奴がいる。あいつだ」
 キノセは手短に手短な状況の説明と共に、指揮棒である一方をピシッと指した。
 そこでは彼女の知る顔が戦っていた。
『白輝の刃』将軍、デラヴェス・グィーバ。
 会わなかった時間に比べて、老けているように見える。それでも、ナパスの民にとって不気味な不快感をこびりつける『幻想の狩り場』の手枷を嵌めた人間だ。その記憶に強く結びついた彼の顔は、なかなかに忘れられるものではない。少しくらい老けようとも、間違えることはないだろう。
「開戦して少し経った頃、攻め返せるかってくらいになったんだ。けど、あいつが最後の一押しとばかりに参戦してきた。それで、このありさまだ」
「あの男、軍神様やセラ殿と同じ力を使うのでござる!」マツノシンがグッと眉間に力を入れた。「なんとも忌々しいっ!」
「……マカを」
「っぐぁ……ぬぅ……」
 セラが視線を鋭くするとほぼ同時に、デラヴェスが砂の上を転がった。彼女はすぐさま、彼の前にナパードで移動した。
 そして対峙する。デラヴェスと戦っていた敵、マカを使うという男と。
 男は体中を包帯にくるまれ、瞳と鼻先だけが露出している。彼女の登場に、その目を瞠る。
 後ろのデラヴェスは息を呑んだ。
 軽く後ろに視線をやりながらセラは言う。「大丈夫、将軍?」
「久方ぶりだ、『碧き舞い花』……」
 と言ったのはデラヴェスではなかった。目の前の包帯男が、ガサついた声で言ったのだ。
「?」
 セラは訝しむ。記憶にない気配だ。
「ひどいなぁ~……同じ大会に出た仲じゃないか?」
 マカを使う男。大会。その二つが導くものが彼女の頭の中にはある。魔導・闘技トーナメントだ。
 しかし、気配もそうだが、男の声には全く聞き覚えがなかった。ガサガサと掠れた声の参加者など。
 彼女が記憶を巡っていると、包帯の上からでも分かるほど顔を歪める男。
「あの忌むべき大会……第十八回魔導・闘技トーナメント……キサマも嘲笑っていただろう、俺のことを゛っ!」
 キノセが彼女の隣りに来た。「知り合いかよ」
 マツノシンはデラヴェスが立ち上がるのを手伝う。
「知らない。嘲笑うだなんて……」
「……まぁいいさ。どうせ殺すんだ。あの本戦に参加した奴ら全員……マグリアの下民ども……そして、あの、帝゛っ! ハァ、ハァ゛……」
「あっ!」
 セラは戦場には似合わぬ、頓狂な声を上げてしまった。男の物言いに、一人の人物が思い浮かんだのだ。
「フォーリス!」
 記憶が連鎖する。ホワッグマーラの都市ウィーズラルの警邏隊だった男。四年前の魔導・闘技トーナメントで、マスクマンに扮したドルンシャ帝に敗れた魔闘士。黙って控え室をあとにする彼。大会後のパーティで歪んだか表情でドルンシャ帝へ舌打ちする彼。
 フォーリス・マ・キノス。
「ハァ、ハァ……はんっ、思い出したか」
「……でも、あなた勘違いしてる。誰もあなたのことを嘲笑ってなんて……それにホワッグマーラアはいま――」
「黙れっ! 話をする気はないんだよぉ゛! 殺すんだ、全部! 俺を受け入れなかったあの世界もろとも、全部消す゛っ!」
 包帯から覗く二つの眼は、白目がなくならんばかりに充血して、その瞳孔は死者を思わせるほど開き切っていた。
「もともと話せるようなやつじゃなかったけど」キノセが唾を飲み、喉を鳴らす。「お前来て拍車かかったな。完全に狂っちまってる」
「セラ殿、話すことは諦めるのです」
「そうだ『碧き舞い花』、あの悪魔との死線を超えたお前だとしても、あの男との戦いに余裕などない」
 後ろの甲冑と鎧の二人が言うが、それらすべては彼女にだって分かりきっていることだ。
「分かってる。それに……もう、『夜霧』の人間だもん。容赦なんてしない」
 彼女はサファイアを凛と澄ませ、包帯に身をくるんだ魔闘士を見据える。そして、彼に向かって口を開く。その口から放たれるのは、わずかにセブルス寄りの低めの声とその口調。
「たしか、お前は対個人戦闘を得意としていたんだったな」
 ただ『夜霧』の人間一人を相手にするくらいならば、強気な言葉こそ口にすれど概ねは女性言葉のセラだ。だが、このときは相手がホワッグマーラ人であったことで、怒りの段階が一つ上がっていた。
 ブレグ隊長たちの顔が浮かべる。
 彼らなら、どれだけ強くなっていたとしても、この男一人くらいの攻撃などものともせず跳ね除けるだろう。しかし『夜霧』の軍隊となれば、話は変わってくる。今は液状人間の侵略からの復興とき。その邪魔はさせない。
「だったら゛、どおぅした?」
「わたし一人でやる」
「はっ!?」と隣でキノセ。「馬鹿かっ! 厄介な奴だって言っただろ。それにわざわざ相手の得意分野で戦う意味なんてないぞ!」
「そうだ。この場で驕ってどうなる」デラヴェスは支えてくれていたマツノシンを払い除け、白き槍を敵に向ける。「俺への気遣いは無用だ」
「わたしがあなたを気遣う? それこそ思い上がり」セラは独り前へ出る。「三人はここ以外でしっかり働いて来て」
「いや、しかし――」
 マツノシンが食い下がろうとしたその時。セラの感覚は飛んでくる魔素を感じた。
 対抗して衝撃波を放つと、彼女の数歩前でぶつかり、大きく弾けた。
「ほら、行って!」
 セラはそれだけ三人に言い残し、魔素が巻き上げた砂埃の中に消えていった。

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