碧き舞い花

御島いる

361:励ましの拳

「キノセ! マツノシン!」
 西の戦線は窮地。
 白輝の刃と評議会の支部野営地の目前での戦火だった。黒と白と七色が雑多に交錯し合う。
 彼女が姿を現したのは二人の仲間のもと。間近ではあるが戦線からわずかに離れた砂丘の裏。マツノシンがキノセを支えるようにして、二人はそこにいた。
「セラ殿!」
 疲れ切ったマツノシンの顔が、セラを目にした途端わずかに生気を戻した。
「無事でよかった」セラはそれだけモノノフに言うと、指揮者に向き直る。「何があったの、始まったころはだいぶ巻き返してたように感じたけど」
「ああ……俺たちの加勢でな」
 普段なら誇らしく胸でも張ることだろう。しかし今回は苦々しく顔を歪めるキノセ。声も投げやりなものだった。
 全員ではないが、セラは共にこの地へ来た戦士たちの気配を覚えていた。その全てをこの場で感じることができない。覚えていないだけで何人かは生き残っているかもしれないが、彼の表情を見ると望みは薄そうだった。
「嘆いてる場合じゃないでしょ、隊長様。まだわたしは生きてる」
「……当たり前だろ、お前なんだから」
 気持ちが沈んでいる。五線の瞳も虚ろ。彼女の冗談交じりの励ましも空振りに終わった。
 完全に戦争から気が逸れていた。セラとも目を合わせようとしない。
「……」
 セラはゆっくりと鼻梁に空気を通す。瞳を閉じ、また開く。そしてグッとグローブを鳴らすと、キノセの頬にきれいにその拳を叩き込んだ。
「……っ!?」
 マツノシンが支えていたにもかかわらず、いとも簡単に離れ、砂上に伏すキノセ。殴られた頬に手を当て、セラのことをまじまじと見上げる。
「やっと見てくれた」
 と言ったセラの呟きを掻き消し、殴られた等によりも驚きに満ちた表情を見せるのはマツノシンだ。
「セラ殿!? 一体何をっ!」
 伏した指揮者の上体を支えて起こすモノノフは、驚きののちにわずかばかりの怒りをその真っ直ぐな瞳に宿らせた。
 そんな彼よりも怒りを湛えるのが、セラのサファイアだった。
「隊長としてみんなを死なせないんじゃなかったのっ? わたしにあちこち跳び回れって言ったよねっ? 一体何してたのよ!」
「セラ殿っ、キノセ殿はよくやられ――」
「よくやった? ふざけないでっ! もう終わったって? みんな死んじゃったら、それでいいやってっ? まだ何も終わってない。終わってなんてない……そうでしょ、キノセ!」
「……」
「……辛いよ、わたしだって。みんなに生きていてほしいし、くじけそうにもなるし、できることなら殺し合いなんてしたくない。それでも、生き残った者として、わたしはっ!」
 セラは自身の頬に伝うものを感じ、二人に背を向けた。荒療治的にキノセを励まそうとしたわけだが、思っていた以上に自身の感情の琴線に触れていたらしい。
「……わたしは」そっと涙をぬぐう。「止まってなんていられないから」
 オーウィンに手を掛け、『夜霧』が猛威を振るう戦火へと独り砂丘の陰から出ようとする。
「待てよ……」キノセが彼女を呼び止めた。「状況を、教える」
 顔をわずかに回し、片目で捉えた彼の双眸。
 ばつが悪そうではあるものの、輝きを取り戻していた。
「うん、手短にね」
 キノセは立ち上がり、彼女の隣に立つ。「当然」
「あ……」彼の頬が赤くなっているのを見ると、セラは申し訳なくなった。「殴っちゃってごめん」
「別に……」
「ビンタするつもりだったんだけど……」
「なっ、べ、別にっ? 初対面の時だって殴られてるしな」
「そっか、よかった」
「……ジルェアス、お前。スウィ・フォリクァ帰ったら、覚えてろよ」
「うん。ちゃんと帰ろうね」
「……っち、リズムがわりぃ」
「……っは、それがしも! まだ戦えるでござるよっ!」
 二人のやりとりに呆然として、ひとりだけ置いて行かれそうになったマツノシン。思い出したように二人の後を追ってきた。

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