碧き舞い花

御島いる

353:二つの月と美女と野獣

 力と勘だけ。
 言ってしまえばそれだけのことなのだ、ガルオンという男は。たった数分前にしただけでセラにもそれが分かるほどに、単純明快な実力。
 されど、その実力の両方が賢者並。だからこそ、『夜霧』の部隊長の座に納まっている。
 勘と力だけと克明に分かっている。ならば目の前の獣人を倒す光明があるとすればそこだと、セラは考える。
 持てる技術を駆使し、それが野獣の勘を上回ることができれば勝機はある。
「はあぁっ!」
 まずズィーが斬り込んだ。見事な太刀筋のスヴァニは、鋭利な風切り音と共に見事に空を斬り裂く。
「そんな短絡的な攻撃。勘に頼るまでもなく躱せるぜ、『紅蓮騎士』」
「分かってんだよ、んなことはっ!」
 ズィーに向かって反撃の爪を立てにいくガルオン。と、そこへセラが間に跳んで入る。敵の爪をオーウィンで止めにかかる。そう見せかけておいて彼女は片手を前に出した。見えざる壁が野獣の手を止める。障壁のマカ。
「ぬぉっ?」ガルオンが驚きの声を零した。「なんだ……!?」
 隙ができた。
 すかさずズィーが二人から離れる。
 彼のその動きに呼吸をピタリと合わせ、セラはオーウィンを振るいはじめた。そしてガルオンを捉える寸前にその背後に跳び現れる。彼女の攻撃を敵が反対の手で防ごうとする動きを先読んだからだ。
 それなのに。
 背後へ跳んだ彼女は、舞い上がった砂によって目つぶしに合ってしまった。攻撃の手を止め、後退を余儀なくされる。
 ガルオンは咄嗟に足で砂を蹴り上げたのだ。どう攻撃されるかを読んだわけではなく、ただ、後ろに回られると勘付いて。
 しかし彼女だけで戦っていたのなら攻撃は失敗に終わったと言い切れたが、今回はもちろん違う。
 今度はズィーが地面に、纏った空気を放ち、砂を盛大に舞い上げた。
「ぐぉ?」
 砂たちは波となり、野獣の姿を覆い隠す。
 そこに二つの一閃。
 セラは駿馬。ズィーは竜の脚力。
 敵の前後からそれぞれに、互いに交差するように二羽の鳥が獲物を狩にいった。
 ズザァァァァ……。
 二人の渡界人が砂を滑りながら回転し、今なお舞う砂の柱を見やる。粒状の柱には見事に二本の切れ目が入っていた。
 それを確認をしたかしないか、判別もつかないうちにセラは地面を蹴った。
「やっ、ってねぇな」
 ズィーの呟きが耳に入る頃。セラはすでに上空だ。彼が空を仰ぐ。
 原色の空には二つの月と、美女と野獣が浮かぶ。
「やっぱ来たな、分かってたぜ。そんな気がしたんだ」ガルオンは当然とばかりに余裕の笑みを浮かべる。「……お前、アレだろ? ヌロゥの目をやった奴。『碧き舞い花』」
「随分余裕ね。どれだけ勘が鋭くても、空中じゃ身動きできない」
 ここまでことごとく勘を当てられ、一撃も加えることができなかった。その勘を上回ることはできなかった。
「あぁ……そうなんだよ、がはは。なぁよお、教えてくれよ、空中での動き方。お前はできんだろ、どうせ」
 想定していた勘を上回るという勝ち方ではないが、セラはここに勝機を見出す。
「そうね。教える気はないけど」
 その言葉を最後に、セラは剣を構えた。
 そうして「術式展開……フロア……歩調ステップ……同調チューン」と唱え、ナパードと剣撃を繰り返すしながら碧き花で青空を彩った。
 フェリ・グラデムでヨコズナ神相手に見せた碧花乱舞だ。
 屈強な野獣の身体はその全身を覆う体毛により硬く守られていた。
 それでも、オーウィンに鋭利なマカの膜を張ったセラの一撃一撃は、確実に敵を傷つけていき、ガルオンは守りに徹して身体を小さくまとめることしかできていなかった。

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