碧き舞い花

御島いる

335:夢現な帰還

 長年ぶりに悪夢ではない夢を見ていたのでは。自分はフェリ・グラデムに行っていないのではと錯覚する。
「セラ!」
「セラちゃん!」
「やっとお目覚めかよ、ジルェアス」
「ジルェアス嬢」
 しかし身体を起こした彼女を見守っていたユフォン、ヒュエリ、それからキノセ。そしてそこに混じってヅォイァがいたことが、全てが現実だったことを物語っていた。
「わたし……」声が喉に絡む。「何が、起きたの……?」
「わたし、ゼィロスさんを呼んできますっ!」
 ヒュエリが灰銀髪を盛大に翻しながら、部屋を飛び出していった。それを見送るセラに最初に声をかけたのはヅォイァ老人だった。
 彼がここにいるということは、俵の世界から薄極光の世界に彼女を運んだのだろうか。
「ジルェアス嬢、お前は戦場で突然倒れたのだ。それは覚えているか?」
「倒れた…………なんと、なく……」
「お前が伏してすぐ、ヨコズナ神が姿を現した。そして、お前を帰すと言ってきた。命も取らず、儀式……宴も行わないと」
「確かに……最後に、帰すって言ってた」
「言ってた? 君は倒れていたんだろ、セラ?」とユフォンが訝しむ。
 対してキノセ・ワルキューは当然とでも言いたげだ。「意識はあったってことだろ」
「ううん。意識はなかったんだと思う。ただ……意識の底で話したの、ヨコズナ神と」
「意識の底? なんだそれ」
「瞑想の極致と呼ばれるものだろうな」
 そう言いながら、ゼィロスがヒュエリと共に部屋に入ってきた。ヒュエリの顔色が青白いところをみると、ナパードで部屋の前まで飛んできたらしい。
「ゼィロス伯父さん」
「熟練した者の行なう瞑想は、その者の意識を精神世界へと導くこともあるらしい。武神とはいえ、神だ。ヨコズナ神がお前を導いたのかもな」
 ゼィロスはユフォン達と場所を変わり、セラに一番近くの椅子に腰かけた。真剣な表情だ。
「神との対話も気になるところではあるが、今はコクスーリャから得た情報を伝えてくれ」
 どうして伯父がそのことを知っているのか。過った疑問に彼女は頭を捻る。それを問おうとベッドから脚を下ろす。そのとき、ふとヅォイァが視界に入り彼女の思考は急速に回った。
 ――そっか、コクスーリャがわたしを。
『夜霧』、もとい彼はスウィ・フォリクァの場所を知ってる。ヅォイァがこの場にいたときには、彼が自身を運んだのだと思ったが、彼が評議会のある場所など知るはずもなかった。
 だとすれば、今ここにいない探偵は――。
「コクスーリャはどこ?」
「お前と、ここにいるヅォイァ殿を残して去った」
「わざわざ馬鹿みたいな気配出してさ」キノセが得意気に言う。「賢者たちを呼び出したんだぜ、あいつ。壮観だったぜ、賢者たちが敵意むき出しであいつを囲んだ光景は」
 今にも泣き出しそうなヒュエリ。「わ、わたしはセラちゃんが殺されてしまったのかと思いましたよぉ~……」
「僕はその場に出なかったけど」とユフォン。「コクスーリャはフェリ・グラデムのことをヅォイァさん、『夜霧』のことは君。二人に聞けばわかるってことだけ言って姿を消したんだって」
「お前が戻ってくるに至った話はヅォイァ殿に聞いている。フェリ・グラデムで起きたことも大方だ。つまり残すところはお前がコクスーリャから得た情報だ。どうしてあいつはお前を連れてここに来た。奴を捕えられなかった今、お前だけが頼りだ」
 コクスーリャは捕まる危険を冒してまで、セラを連れて帰った。それに評議会には『夜霧』からの潜入者が紛れ込んでいるのだ。仮に鉢合わせていれば、彼の『夜霧』への潜入は続行不可能になってしまう。場合によっては命の保障もないのではないか。
 セラは彼の覚悟を想い、彼から得たもの全てを明かす。
「うん、それはね――」

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