碧き舞い花

御島いる

321:楽しむ老人

「続いて、東、ヅォイァ・デュ・オイプ。前へ」
 エーボシの早口な口上。傷だらけの彼女に休む間も与えたくないらしい。
 そうしてセラの前に立ったのは、うねる髭を持つ年老いた男。背筋がピンと伸び、傍らには自身の身の丈より半身ほど長い棒を携えていた。
「鍛錬に鍛錬を重ねて得た力、失うわけにもいかず。かといってこの世の理に門外漢の俺が口を出すわけにもいかず。郷にいては郷に従えということだ。……若い者の命を奪う趣味はないが、手心は加えん。恨むでないぞ。むしろ、楽しませてくれよ、この老いぼれを」
 気配は他の第一階層の者たちと同じように、見せつけるように放っているが、物腰の柔らかい口調だった。最後には笑う始末。その目に敵意は見られなかった。
 鍛錬に鍛錬を重ねた力を失うわけにはいかない。セラはこのヅォイァという老人の考え方をもっともだと思った。ここにいる全ての戦士が、何もせずに力を得たわけではないだろう。神という超越的な存在の起こすことと言えども、黙って受け入れたい者などいない。
「俺だって、年寄りだからって手は抜かない。全力だ。楽しもうぜ」
「ほほう、手負いとは思えん意気込みだ。楽しめそうでなによりだ」
「……両者っ、いざ尋常に!」エーボシはじれったそうに声を上げた。「はじめっ!」
「相見える戦士の間に流れる空気を壊すとは……」
 ヅォイァは溜め息交じりに言った。しかし試合開始の合図がされたことに変わりはない。彼は眼光鋭く、棒を華麗に振り回し、構えた。戦士の目だ。
「では、行くぞ」
 セラも身構える。「こいっ!」
 老人が突進してくる。ハンスケに比べれば遅い。何ひとつ捻ることなく真っ直ぐと、棒の先端をセラに向けながら。
 あまりにも単調な攻撃にセラは、その場で小さく躱し、反撃しようと考えた。棒が目前に迫った瞬間には、身体を先端からわずかに逸らす。
 称賛の言葉などむしろ失礼に値するような、きれいな回避。そしてそこから反撃に、とその時だった。
 セラの肩口が斬撃によって、血を噴いた。
 その斬撃はどこからともなく現れて、ハンスケのつけた浅い傷口を押し退け、しっかりと彼女の肌に足跡を刻み付けた。
「っく……!?」
 彼女は大きく跳び退き、ヅォイァから距離を取る。肩を押さえながら、相手を見る。その武器は、どう見ても棒。ものを斬れるような得物ではない。
 何か、例えばマカのように実体を持たない力で刃をつけたか。セラはそう考えた。先程の薬も切れ、自身の感覚も普段通りに戻っている。棒を棒としか意識していなかったその感覚の外から、そういった力で攻撃してきたのかもしれないと。
 次からは棒により意識を向けよう。一瞬で考え至り、セラがヅォイァに攻めようとしたとき、思いもよらぬ形で彼の力の答えが与えられた。
 当人からの告白だ。
「これはデルセスタ棒術、蛇爪じゃそうという技術だ」
「え?」
「これよりデルセスタ棒術を、その身に体験させてやろう。受けてみよ」
 自信に満ちた笑みを湛えるヅォイァ。戦いを楽しんでいる者の目だった。フェリ・グラデムのしきたりなど気にせずに、今目の前にするセラとの時間を楽しもうとしている。セラにはそう伝わってきた。
 セラも笑う。彼とは純粋に試合を楽しめそうだと。
「いいね、俺が全部、打ち破ってやるよ」
 肩を押さえた手を外し、血に濡れたそこに魔素を集める。
 放たず、形を作り、保つ。
 すでに形のあるオーウィンに纏わせることより難解。長いこと保持することも不可能だろう。
 だが、リーチの長い棒に対して、彼女はこれが必要だと感じた。
 一か八か。普段なら決してやらないことを。見よう見まねで。
 セラの手に、魔素により作られた剣が収まる。

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