碧き舞い花

御島いる

316:試作品

 小柄な相手の懐に入るのは厳しい。セラは身を退きながら、マカを炎に変えて放った。
 爆ぜた火炎がぱちぱちと消えていく。ポルザはその中から出てくることはおろか、身動き一つしていなかった。
 地面に燻る火の粉が残る中、ポルザの円らな瞳がじっとセラを見つめている。瞬きもせず、ただただ不気味に見つめている。
 すると彼がゆっくりと口を開き始めた。
「チミ。オイラを見下ろしてたね? それってオイラを見下してたってことだ」
「何を言ってる?」セラはもちろん男性声だ。「背が低いんだから、見下ろすのは当たり前だろ」
「クフフッ。どれほどのものかと思ったけど、大したことないじゃん」
「?―――んぐっ!」
 突然、セラは強い力で締め付けられた。何も感知できずにだ。
「ぁぁあ゛っ……」
 力を強めていく締め付けも、何によってなされているのか全く分からなかった。そうこうしているうちに彼女の足が地面から離れた。
「外の世界のオイラはよく知らないけど、ヨコズナ神に血を捧げるのがこの試合の目的らしいじゃん? このまましぼっちゃおっか」
「んんん゛……」
 身じろいで抵抗しても意味がなかった。闘気を張っていなければ、今すぐにでも骨を砕かれ潰されてしまうであろうその力に、彼女が打つ対抗策は気魂法だった。
 何に締められているか分からない状態では、衝撃波のマカよりも最適。当然の如くナパードが一番の方法ではあったが、どこか意地になっていて、彼女は使おうとはしなかった。
「……ん゛ぁあっ!」
 彼女を起点に広がった風圧。彼女の拘束を解くだけでなく、真実を露わにした。
 解放されたセラは自身の周りに、硬い毛に覆われた大きな手があるのを見た。強い締め付けへの対抗として、大きく気魂を放ったこともあって、その手のもとまでしっかりと視認できる。
 手は腕に繋がり、その腕はポルザのいる下方ではなく、地面とおおよそ平行に伸び、オオカミのような顔を持つ大男へと続いていた。
 幻覚か。
 気魂法の効力が消え、姿を消していく狼男。セラはその目をしっかりと捉え、自身が敵の能力を知ったことを見せつけた。
 小さなポルザは偽り。狼男が本物のポルザ。幻覚は偽りを見せるだけではない。真を見せないこともできるのだ。
 さらに言えば、ポルザは気配までも偽りを見せていたようだった。一瞬だが感じた狼男の気配は、客席の男たち個々人よりも小さかった。
 セラは着地する。すると、つぶらな瞳を持った小柄な男が彼女の前から忽然と消えた。
「幻覚だと気づいたからなんだ! チミが負けることに変わりはないじゃんよ!」
 戦い方がばれたと分かり、方法を変えるつもりか。
 どこからともなく聞こえるポルザの声を、半ば無視するように聞き流しながら、セラは背中のカバンに手を入れた。取り出したのは薄緑色の液体が少量入った小瓶。彼女はその液体を飲む。
 飲み干すと、セラの瞳孔が一瞬だけ縦に長くなって、元に戻った。
「幻覚を破る方法があっても、使われる前に終わらせれば問題ないんだよね!」
 彼女が服用したのは逆鱗花の葉の毒を弱め、液体にしたものだった。ホワッグマーラの一件で、竜化自体には簡単に手を出すべきではないと、自身を戒めた彼女だった。だが、葉を含め逆鱗花の研究には前向きだった。そこでごく最近作り出した試作品が今の液薬。実戦での使用はまだだったが、この場で試してみることにしたのだ。
 竜化こそしないが、彼女には竜人の感覚が宿る。鋭さを上乗せした彼女の感覚は、限定的にイソラに並ぶ。今、彼女には闘技場の上だけに限り、目をつぶっても万全に戦えるほど全てを感じ取れていた。
 狼男が左後方より爪を立てようとしている。鋭い爪。だがその縁はギザギザとしていて、滑らかではない。突き刺されば簡単には抜けないどころか、傷を広げることになるのだろう。と、彼女はそこまで感じ取れていた。
「わりぃ、もう使ったんだわ」
 狼男の全身が黄金色の光のもとに晒される。セラの振り返りざまの拳が、ポルザの腹部にめり込んでいた。闘気の放出により、腕力以上の威力が発揮されている。
「な、んで。見えて、ん、じゃ……ん……」
 途切れ途切れのポルザの声。
 セラは腕が伸びきるタイミングで衝撃波を拳から放ち、彼を場外へと吹き飛ばしたのだった。

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