碧き舞い花

御島いる

311:真実の口

 錠剤を飲んだ彼女の身体に、異変は全く見られなかった。
「遅効性ってことはない?」
「即効薬だよ、『真実の口』は」コクスーリャも錠剤を飲んだ。「セラフィ、嘘を吐いてみろ」
「嘘を?」
 質問の意味は理解しかねたが、彼女はとりあえず頷く。そして、とりあえず自分が男であると言おうと、口を開いたときに異変が起きた。
「   。ぇ、声が、でない……!?」
 そう。俺は男だ。その言葉が出なかったのだ。もう一度試す。だが、さっきと同じで言葉が喉につっかえ外に出てこなかった。口は開くがそのまま動かなくなり、普通に声に出した時に言い終わる頃合いに口が閉じるのだ。
「どういうこと、これ。こんな薬、聞いたことない」
「薬まで効かなかったらどうしようかと思ったが、杞憂だったみたいだ。まあ、君ですら聞いたことがないのは当たり前だ。フィアルムの技術は異界の中でも秘匿性の高い部類に入るんだからな。この世界の番狂わせ並みか、それ以上に」
「フィアルム?」
 セラの頭にはフェリ・グラデムへ発つ前にヒュエリとゼィロスが話していたことが思い浮かぶ。二人が話していた、探し物の達人。卓越した調査能力をもつ一族の世界だと。
「それって、探し物の達人の……」
「へぇ、知ってるんだ。さすがは『碧き舞い花』か」
「ううん、知ってるっていうか、名前だけ聞いたことがあるだけで。異空図に乗らない場所にあるってことは知ってる」
「そうか。じゃあフィアルムについて話せることだけ話す。とその前に、『真実の口』の説明をしないとだ。この薬を服用すると、嘘が口から出なくなる。だから――」
「話してることは全部本当のこと」
「ご明察。信じてくれるか?」
「身を持って体験した以上は、信じるけど。本当にあなたは飲んだのか確認したい」
「当然だな。   」
 コクスーリャがわずかな時間、口を開けたままになった。ついさっきのセラと同じ状況だった。演技ではなさそうだ。
「分かった」
「じゃあ、フィアルムと俺について話すよ。『夜霧』に潜入している理由もそこにあるからね」
 彼は浅く座り直した。
「今さっき君が言った通り、場所はフィアルム人しか知らない。ここは女人禁制だけど、フィアルムは異界人禁制といっていい。例外はあるけど。で、そこの住人である俺たちのほとんどが探偵か仲介役を生業にしている」
「探偵と仲介役」
「依頼を受け、調査や物探しをするのが探偵。そんな探偵のもとにお客、つまり依頼人を連れてくるのが仲介役。さっき言ったフィアルムに入れる例外っていうのが、依頼人だ」
「あなたは探偵で、依頼を受けて『夜霧』に潜入してる」
「その通り。もちろんフィアルム人だということは隠してるけどね。ああ、依頼人については話せない掟なんで、教えられない。理解してくれ」
「依頼ってわたしでもできるの?」
「今ここで、俺にか? まさか最初の質問がそれとはね。できないことはないけど、俺は今『夜霧』の第五部隊隊長だ。そう簡単に動き回れない。この世界で兵士になりうる人間を探したり、兵士の訓練を見たりするのが仕事だからね。もちろん、『夜霧』に対しての表向きだけど」
「裏では『夜霧』を探って、評議会に協力しようとしていた。もしかして、この拠点が明らかになったのは、あなたが仕向けたの?」
「おお、そこまで考え至るか。まさにそうだ。連中にばれないように、地位を上げて拠点を任されるまでになるのは大変だった。それもこの、しきたりに縛られた世界じゃなきゃいけなかったからな。気付いたか、この階層に『夜霧』の兵は俺以外にいないのを」
「そうなの? 確かにそれらしい姿を見てないけど。姿を見せてないだけで、どこかにいるものだと……」
「第五部隊は訓練する対象がいなければ俺一人の部隊なんだよ。既定の階層以上の強さに到達した兵士は、すぐにこの世界から出す」
「あなたが自由に動くため」
 コクスーリャが頷く。「今は暇でね、だから下の階層の不正を暴こうとしてた」
「そこにわたしがいた」
「評議会にわざと追跡させ、誰かが来るのを待ってたけど、まさかセラフィが来るとは思わなかったよ。ま、俺についてはこれくらいでいいだろ。ここからが本題。セラフィ、君が訊きたいこと、なんでも訊いてくれていい。話せること、全て、俺は嘘偽りなく話すから」
 真摯な瞳が、サファイアに映り込んだ。

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