碧き舞い花

御島いる

305:友好的な敵

 段番の横を通り抜け、新たな階層へと入る。
 少し行ったところでコクスーリャは足を止めた。
「逃げられないって分かってるよな?」
 そうハリテと店主に言うと、二人のもとを離れ、セラに歩み寄ってくる。
 無言で近付いてくる敵。彼女は鋭い目つきで彼を見ながら問う。「俺に話って何だよ」
「しーっ」
 コクスーリャは口の前で人差し指を立てる。そのまま彼女の目の前まで来ると、彼女の顔にゆっくりと自身の顔を寄せる。もちろん、セラは警戒して身を退く。だが、これほど近いというのにまったく敵意も殺気も感じなかった。訝しんだセラは動きを止めた。
 すると迫る顔はふっと笑み。進路を変え、正面から逸れた。
 コクスーリャの口が彼女の耳元にある。
「まさか女が来るとは思ってなかったよ。『碧き舞い花』セラフィ・ヴィザ・ジルェアス」
「っ!」
「驚くことないだろ? 薄々気づいてたみたいだし、正体がばれてるの。まあでも、相手が悪かったってだけだ。なかなかの変装だ。俺が認めるんだ、自慢にしていいよ」
「何を……。?」
 そのとき、彼女の手の中にコクスーリャが紙を握らせた。
「アドバイスをさせてもらうと、気配がまだまだ男じゃないな」顔を離しながら口にする言葉は、これまで出会った師たちが彼女に教えを授けるとき同様、柔らかだ。「ここには気配で性別分かるの俺くらいだろうから大丈夫だろうけど」
「お前は、一体……」
「しーっ。概要はそこに書いてある。詳しいことは、上に来たらな」
「……」
「じゃ、そういうことだ。上で待ってるぞ」コクスーリャがセラから離れる。「……えーっと、ここでの名前は? まさかセラフィ、じゃないよな」
 相手の爽やかな顔とは対照的に、セラは眉をひそめたまま渋々答えた。「セブルス」
「そっか。じゃあ、上で待ってるよ、セブルス」
 待たせていた二人のもとへ戻っていくコクスーリャ。「ちゃんと待ってたね。じゃあ行こうか」と声をかけ、心なしか先程より軽やかな足取りで上へと向かう階段がある方角へと去って行った。
 残されたセラは未だ彼の背を見つめる。
 コクスーリャの目的が分からない。これは罠なのか。
 状況は一転した。『夜霧』に彼女の存在が明らかになってしまった。作戦失敗。そのはずだった。しかし、コクスーリャが見せた態度はなんだ。彼女を排除しようとすることもなく、友好的とすら言えた。
 状況の理解が追い付かない。
 セラは握られた拳を見やる。開けばそこには四つに折りたたまれた紙片。ここに彼の目的が書かれているのだろうか。
 話に従うべきか、疑うべきか。
「止まってなんていられない」
 迷っている暇はない。『夜霧』に繋がる物をこの手に握っているのだ。
 セラは紙片を開いた。


『俺は『夜霧』に潜入している。評議会への情報提供も考えている』


 走り書き。フェリ・グラデムの字ではなかったが、セラにも読める字でそう書いてあった。
『夜霧』への潜入。評議会への協力。
 ここに書いてあることが事実なら、コクスーリャは大きな情報源となりうる。しかし、評議会を釣るための罠とも考えられる。
 やはり止まってなどいられないということだった。
 信用できるものか。それを見極めるためにも、上に行かなければ。セラは繰り返しによりすり減っていたやる気を取り戻す。
 積み重なる段を見上げる。未だ頂上は見えない。

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