碧き舞い花

御島いる

301:番付に載る名

 ズィードとソクァムと別れたセラは、一人関所へと向かった。先に向かわせた男たちが、小屋の前で当然のように待っていた。
「待たせて悪い」
 セラは男たちにお詫びの言葉を送り、自ら小屋の窓口に声をかけた。
「すいません、免状貰えますか」
「あいあい」
「え?」
 窓口から面倒くさそうに顔を出した男を見て、セラは驚く。下の階層の関所で会った寝癖だらけの男だったからだ。
「さっき下に……」
「ああ、あれは弟だ」
「関所の役職は代々こいつらの家系がやってるんですよ」と名も分からぬ男がセラに教えた。
「そうなのか。あ、免状、貰えるよな? ここにいるみんなが認めてくれてる」
「ちょっと待ってな……」男は引き出しから免状を取り出し、判を捺した。「ほら、どうぞ」
「ありがと」
 免状を受け取ったセラは、免状束を取り出し、そこに免状を通した。二枚目だ。あとどれくらい連ねれば、『夜霧』の情報を得られるほどの高さに行けるのだろうか。そんなことを思いながら、俵の階段を見上げる。
「兄さんなら、まだまだ余裕で上行けると思いますよ」
 一人の男が言うと、全員が同意を示す声を上げる。
「最近は外から来た人間も多いからな、上も」
 その言葉に、セラは意識を止めた。発した男に訊く。
「外から来た人間ってどんな人がいるか分かるか?」
「そりゃ色々ですよ。番付、見ます?」
「番付?」
「これですよ」
 男が懐から取り出したのは、折りたたまれた紙だった。受け取って広げると、成人男性の胴ほどの大きさになった。紙面には五段に分けられた枠が描かれ、五つの枠にはそれぞれ人の名前が連ねられている。
 名前の文字は上段から下段に向かうにつれ小さくなっている。五段目、最下段を埋めている名前は目を凝らしてみなければ、読みずらいほど小さい。
「最上、第一階層から第十階層までの戦士の名前が載ってるんですよ。なん階層かもわからない下の上の俺らじゃ、名前すら載らないものです」
「名前が大きい人が強いってことでいいのか?」
「お察しの通りです。一番上の段に書かれてる名前の半分くらいは外の世界の人間ですよ。あ、兄さん外から来たんじゃこの世界の言葉読めないですよね」
「いや、大丈夫。読めるよ」
「強いだけじゃなく、賢いなんて羨ましいですね」
 男の言葉に嫌味はなかった。だが、セラはその言葉に反応しない。まじまじと番付に目を落とすことに集中していた。
「……。お知り合いのお名前でも、ありましたか?」
「知り合いっていうか、探してるやつの名前は見つけた」セラは番付最上段に書かれた名前を指示した。「こいつのこと、知ってるか?」
「はて誰ですか……」男が紙面を覗く。「コクスーリャ・ベンギャ様……。すいません、わたしは」
 名前を確認して男は首を横に振った。
「外から来た人間なら、この階層も通っているとは思いますが……これだけ上の人となってしまえば、そう会う機会もありませんし」
 男は周りの男たちに番付を示し、声をかける。
「おーい。コクスーリャ・ベンギャ様を知ってるやつ、いるか?」
 男の問いにみんながみんな首を傾げた。
「そっか」
 セラはそこまで期待していなかったが、苦笑交じりに残念そうな顔をで言った。
 番付を折り目通りに折る。それを男に返しながら、セラは訊く。
「番付に載る高さまで、一気に行ける方法ってないのか?」
 ある程度近付かなければ、探ることすらできない。方法があるならば、すぐにでもコクスーリャに近いところまで行きたいというのがセラの思いだった。
「ないですね」
「ないな」
「無理だな」
「知らないな」
「聞いたこともない」
「ありえない」
「無理ですよ」
 訊いた男に限らず、口々に否定の声が続いた。
 これは偵察にかかる時間より、上に行く時間の方が長くかかりそうだ。
 男たちにお礼と別れの言葉を送り、セラは俵の階段に足をかけたのだった。

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