碧き舞い花

御島いる

296:セブルス

 その世界の男たちは武に生きる。
 それは比喩でも何でもなく、まさに言葉のまま。
 強き者は多くを与えられ、唯一神ヨコズナの庇護のもと全ての行いをよしとする。弱き者は多くを奪われ、満足する生活など出来ない。
 生きるためには強さを証明しなければならない。
 戦い、戦い、戦い……。
 それがフェリ・グラデムの絶対的な法。
 何事も、強さによって決まる。戦いによって決まる。
 戦わなければ生きていけない。


 扉を抜け、セラの目に飛び込んできたのは積み重なる俵。
 幾重もの段を作り、見上げるほどの高さの階段となっていた。階段が添う仰角の大地は果てしなく、頂上は見えない。
「高いな。奴らはどの辺の階級にいるんだか……」
 階段数十段ごと俵で縁取られてた大地。まるで巨人のための階段を成している。段々畑。これが俵の段々畑フェリ・グラデムとナパスの民が名付けた所以だ。
 実際に畑もあるのだろうが、全てが畑というわけではない。一段一段の大地にそれぞれの階級の人々が暮らしている。目に見えている高さまででも段が上がるごとに、建物の質が良くなっていくのが見て取れる。
 後ろでルピの開いてくれた扉が閉じ、消えた。それを振り返って見ていたセラは後方にも階段があることに気が付いた。彼女から見て下り階段で、これも長く続いていた。見下ろす建物たちは上のものより貧相だと分かる。
「上が見えないってのに、最下層じゃないのか、ここ」
「そりゃそうさ。外から来た人に一番下を見せたって仕方ねえだろ? 醜態だ。ヨコズナ様は外から人が来ることを拒まない。むしろ楽しんでいってほしいと思われているんだ。あ、ちなみにここ、中間ってわけでもないぞ、下の上ってとこだなここは。最低限の暮らしができるギリギリさ」
 セラに声をかけてきたのは小太りの男だった。
「兄さん、旅人かい? それとも挑戦者かい? にしては細いな、やっぱ旅か」
 男には見えているらしかった。早々に発覚という事態は免れたということだ。
「うーん、まあ、挑戦者かな」
「っへ~、じゃ、頑張りな」と心地いいほどの送り出しの笑顔を向けてくる男。
「おう」
 それに相応の笑顔で応えると、セラは昇り階段の方へ歩き出した。
 戦いによって全てが決まる武の世界。彼女は来た途端に戦いになるのではという不安を少しながら抱えていたが、杞憂に終わったようだった。
「……はぁ」
 彼女は溜め息を吐いて足を止めた。杞憂ではなかった。さっきの気の良い笑顔はどこへやら、男が背後から跳び掛かってきていた。それもズィーよりも雑な不意打ちだ。うるさい。
「旅人じゃねえなら、ここで終わりだ馬鹿めっ!」
 まだ正確な規則を知らないセラだったが、取りあえず勝てばいいのだろうと考えた。
 振り返ることもせず、半身をずらし、空ぶった相手の腕を片手で掴む。それを引っ張り、男の脂の乗った腹部が顔の横に来るや否や、その腹にもう一方の手で掌底を入れ、そのまま地面に叩き付けた。
「ぶっっべっちぃ……」
「勝った方が偉い」セラは男を見下ろし言う。「それであってるか、この世界?」
「ぁ、がは、は……はい……そう、です」
 男はそのまま気を失った。その腹のように軟な男だとセラは思った。


「上に行けば行くほど、正式な試合の形を取ります。行司が審判をしたり、客がいたり。はい。兄さんがそこまでいけばですけど」
「俺じゃいけないって?」
「さ、さあ。わっしは上の方のことは分からんもんで。さっきの外から来た強い奴らってのも、存じ上げんで……すんません」
 男は地に頭をつけた。
「おいおい、そこまでしなくていいって。とりあえず、色々教えてくれてありがとな。あとはもっと上に行って確かめるから」
 セラは気絶した男が目覚めるまで待つことにしたのだ。そして、目覚めた彼からフェリ・グラデムでのルールを教えてもらった。『夜霧』に関してもそれとなく訊いてはみたが、収穫はなかった。
「とりあえず、関所、行くぞ」
「へい、兄さん。よろこんで」
 歩き出したセラに頭をへこへこと上下させながら続く。
 上の階級に上がるにはそれぞれの俵階段の麓にある関所で、強き者だということを証明する必要があった。今彼女がいる階層では、勝負で負かした者を連れ立ってその者に証明させればいいらしい。
「……あの、よ。へつらうのは別に、この世界では当たり前なんだろうからいいけどさ、兄さんってやめろ」
「へい、では、ご無礼を承知で、お尋ねいたすます。お名前は?」
「セ……」
 ここで彼女は詰まる。男装をし、声も低くしているが、名前を考えていなかったのだ。
「セ? なんです?」
「……セブルス」咄嗟ではあったがすらりと出てきた。口が自然と動いたといえた。「俺はセブルスだ。あんたは?」
「滅相もないです、わっしの名前など。唾のように吐き捨てるに値するものです。セブルスさんのお耳に入れるものではございません」
「……そっか。残念だ」
 口先だけでなく心からそう思うセラだった。

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