碧き舞い花

御島いる

291:任務前の確認

「いいか、番狂わせは儀式によって起こされるんだ」
 ゼィロスが話しはじめるとケン・セイも黙って聞き入る。評議ではセラにだけ話すと言っていたが、彼はここではケン・セイを外そうとはしなかった。ケン・セイとメルディン。二人と彼との親密度合の違いだろう。
「あの世界は唯一神ヨコズナを信仰しているんだがな、この神はこの上なく酒と女好きと言われていてる。そこで住人たちは毎年のように、酒を貢物とした世界の安泰を祈る儀式をしていた。だが神酒みきの調達に失敗したある年、異世界で絶世の美女として名高い女性を連れて来て、舞いを捧げるという内容に儀式を変更した。ヒュエリが過去に一度だけ番狂わせが起きたと言っていただろ? それがこの時だ」
 セラは評議でのことを思い出しながら頷く。
「ヨコズナ神は大いに喜んだ、狂うほどにな。狂った神は世界に異変をもたらした」
「それが番狂わせ」
「そう。そして神は人々に約束させた。『この世界に女ある時、いつ何時とて我の前に捧げよ』と。フェリ・グラデム人は武力による階級制度など、神の言葉や教えを絶対とする性質を持っているが、どうしても、特にこの時の番狂わせで上位階級へと成りあがった者たちはこの約束には抗いたかった。そこで女人禁制のしきたりを設けたんだ。女性が入らなければ約束を果たす必要はないからな」
「そっか、神様の言うことは絶対だから、わたしが女だって知ったら儀式をやるしかない、そういうことだよね?」
「理解できてるな。そういうことだ。だが、忘れるな、あくまでも第二の作戦だ。無闇に起こそうとするなよ」
「それも分かってるよ。それで、ケン・セイはなんで?」番狂わせに関しては終わっただろうと、セラは話題を最初のものに戻す。「今回の件に関わることって?」
「セラ、剣、渡界術なし」ケン・セイが口を開いた。楽しそうな顔だ。「どれほど戦える? 俺が試す」
「そういうことだ」とゼィロス。
「え、ちょっと待って? どういういこと? オーウィンとナパードなしでって、なんでそんなことする必要があるの? 任務と本当に関係ある?」
「……そこは分からないのか。いいか。オーウィンもナパードも今や『碧き舞い花』の代名詞。それを見れば『夜霧』の者でなくても、お前だと分かるだろ。だから、今回の任務、それらを用いないことは変装以前の条件だ」
「あ、そっか……」セラは傍らに置いたフクロウを優しくなでる。「置いて行かなきゃいけないんだ」
「心配するな、オーウィンがなくともお前は十分戦えるだろ。ケン・セイがどうしてもというのでな、確認だ。フェリ・グラデムでは潜入と言えど、戦いは必須になるだろうからな」
「明日、訓練場。楽しみだ」
「あくまでも、確認だよね?」
 そうセラが問うが、ケン・セイは何も答えず、口角を上げていた。剣を持たなくとも戦えるのは確かだったが、『闘技の師範』とその状態で戦って勝てる見込みはセラにはなかった。本気で組手をして、任務の前に怪我でもしたらどうしようと不安を覚えるセラだった。


 翌日、訓練場は催し物の様相を呈していた。
 ただ確認のための組手のはずだったが、誰が広めたか二人が模擬戦闘を行うという情報が、空を漂う薄光が如く、スウィ・フォリクァ中に広まっていた。
 準備を整え、部屋から訓練場に来るまでの間に「頑張って」や「見に行くよ」などと、セラはすれ違う人全員から今回の対戦について声を掛けられた。
 まだかまだかと待ち焦がれる人だかりが円状の舞台を作り、そこがセラとケン・セイの闘技場と化している。人だかりには訓練生だけでなく賢者の姿も見て取れた。
「それじゃあ、はじめようと思うけど師匠、セラ姉ちゃん、準備はいい?」
 テムが組手を仕切る。ゼィロスに頼まれたらしいかった。
「早く」
 ケン・セイが構える。腰に刀はない。
「わたしもいいよ」
 セラももちろんオーウィンを背負っていない。何も持たず、構える。
「じゃあ」テム一息吐いて、訓練場の全員に聞こえるように声を張る。「二人とも武器の使用は禁止。セラ姉ちゃんはナパードも禁止。それ以外はなんでもあり」
 言葉を止め、テムは両者をそれぞれ一瞥し、手を勢いよくは上げた。
「はじめっ!!」

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