碧き舞い花

御島いる

282:背負い続けるもの

 セラはその後も何度か仲間たちに呼び止められた。
 組手を申し込まれたり、戦いのアドバイスをしたり、他愛もない世間話をしたりとそれぞれは大した時間を要さなかったが、二人がゼィロスのもとに辿り着いたのは、訓練場に入ってから三十分ほどが経ったころだった。
「ゼィロス伯父さん、連れてきたよ」
「やっと来たか。気分はどうだラスドール。そこまでひどい酔いには見えなかったが、だいぶ時間がかかったな」
「あれで酷くないってどれだけ酔うんだよ、渡界術って……。でも、遅くなったのは俺よりもセラのせいだぞ。ゼィロスの旦那」
「セラ姉ちゃんは人気者だもんな」
 そう言ったのはヒィズルのテムだった。ゼィロスと話していたらしい。彼はその観察力や洞察力を買われ、訓練場では各戦士たちの得手不得手やくせなど、個々人の力の向上につながる気付きを彼らに助言する立場にあった。もちろんその立場にあるのは彼だけではない。非戦闘員も含め、あらゆる世界の仲間たちが戦士たちの手助けをしている。
 軽くラスドールと挨拶を交わしたテムに、セラは訊く。
「テム、ヒィズルの方は?」
 中書きに記した通り、四年の歳月の中、ヒィズルは二度目の『夜霧』との戦いを経験している。被害を出したが防衛には成功し、今は評議会の面々も数名ヒィズルに滞在し、世界の復興と守備を固めている。
 このヒィズル防衛戦にセラは参加出来なかったが、ズィーが参戦して『紅蓮騎士』の名をさらに大きく広めた。
「だいぶ終わりに近いかな。普通の生活は戻って来てるよ。……みんなの心の傷はまだ癒えないだろうけど」
 暗い顔を見せるテムに、セラも顔を落とす。
「そっか、そうだよね」
「あ、いや、暗い話じゃねえんだ。評議会のおかげで守れたし、早く日常を取り戻せた。あとは時間の問題。心の傷への特効薬は時間、薬を学んでるセラ姉ちゃんが知らないの?」
 ニッと、イソラを見ているような笑顔を向けてくるテム。セラは弱々しく口角を上げて微笑んで見せた。
 ――心の傷への特効薬は時間。
 テムのその言葉は彼女にも分からなくなかった。しかし、彼女が十五歳の時に負った心の傷は二十二歳となる今でも癒えることを知らないでいる。
 こと悪夢に関していえば、四年前アルポス・ノノンジュで見た悪夢を皮切りに酷いものになっていた。当時の光景そのものに留まらず、現在の彼女たちが姿を現し、憎きガフドロ・バギィズドに仲間たちが殺されてゆく場面すら出てくる有り様だった。
 セラフィにとっては時間が経てば経つほど傷は深く、広くなっていくように感じた。いつまでたっても一族の仇討ちを成せないことへの苛立ちや不安からくるのだろう。
 ――わたしにとって、時間は毒かも……。
「セラ」
 不意に伯父の声が彼女の耳やんわりと入ってきた。彼に目を向ける。そこには厳しい表情があった。
「ここでそんな顔をするな。自分の影響力を自覚しろ」
 ゼィロスに言われテム、ラスドール、それから近くにいた戦士たちに視線を動かすと、みんながセラを心配そうに見ていた。
 視線を伯父に戻し、無理やりに笑う。「ごめん、伯父さん」
「大丈夫なのか、セラ」とラスドール。
「俺、なんかまずいこと言ったのか?」とテム。
 セラは努めた笑顔のまま首を横に振った。「大丈夫」
 その声が聴こえていないであろう戦士たちも、彼女の笑顔でみんなが胸を撫で下ろしたようだった。
「テム」ゼィロスが切り出す。「ラスドールを頼む。俺はセラと話がある」
「分かったよ、ゼィロスさん」
「あと、セラが帰ってきたこともそうだが、魔導賢者が評議会に合流したから評議を開く。参加は第二位まで。当てはまる者に声をかけておいてくれ」
「はい。いない人は?」
「任務で外している者にはあとで個別に話をする。今スウィ・フォリクァにいる者たちだけでいい」
「分かった」
「頼んだぞ」テムが頷くのを見ると姪を見やるゼィロス。「ナパードで行くぞ。お前が出口まで歩いたら。いつ出られるか分からんからな」
「うん」
 セラは苦笑で応える。それを見てからゼィロスは一人で跳んだ。セラは彼の気配が辿り着いた先をすぐに見つける。
「じゃあね、ラスドール。頑張って」
「おう」
「テムも。だいぶ雑用係が板についてきたね」
「言うなよ、セラ姉ちゃん。ゼィロスさんが俺を信頼してくれてるって、そう考えて紛らわしてんだから」
「ふふっ、じゃあ」
 笑って、セラはゼィロスのもとへと跳んだ。


 評議室。
 卵型の椅子が円状に並んだ部屋の、これまた卵型の窓から外を見るようにゼィロスは立っていた。
 セラが来たことを感じ取ったのか。彼女の方を向くことなく喋り出す。
「お前の場合は心の傷が一種の推進力にもなっているだろう」ゼィロスが振り返る。「辛いだろうがずっと背負っていなければな」
 その顔は優しく笑顔を湛えていた。訓練場での言葉が賢者としてのものなら、これは伯父としてのものだろう。セラは込み上げてくるものを感じた。だが、涙は流さなかった。わずかばかり辛そうな顔をして、「うん」と頷いた。

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