碧き舞い花

御島いる

270:がむしゃらに

 二人は水球を躱し、息を合わせ同時に花を散らした。碧と紅が雨に溶ける。
 現れたのは液状人間ヌーミャルの支配する帝の横。二人で挟み込むように剣を振るう。フクロウとハヤブサ。ハヤブサがわずかに早い。が急激に速度が落ちた。
「くっ!」
 スヴァニは水に捕まったのだ。勢いを殺され、そのまま纏わりついたわずかな水により、ズィー共々吹き飛ばされる。
「なぁっ!」軽々と飛ばされたズィーは魔導書館の壁の一部を突き破り、モノクロと共に濁流にのみ込まれていく。
 そんなズィーに対し声をかけることはおろか、心配することすらできぬ間に、今度はセラが反撃を受ける番になっていた。
 オーウィンを止めていたのは水ではなく、障壁のマカ。ノルウェインが使っていた、気魂法を相手にしているような、反発してくる壁だった。
「この身体はいい。あらゆる力を容易に使えるんだ」
 セラを片目で見下ろすドルンシャの口の端が鋭く上がった。途端、彼女は大きな力によって押さえつけられた。
「っ!?」
 力に耐えながら、セラはドルンシャの指に目を向けた。人差し指から魔素が放出されていた。手すら動かさずに、ここまで大きな力が出せるのもドルンシャ帝だからだろう。
 膝を折る。立ち姿ではこらえきれない。徐々に力は増してゆく。大会でこの力を向けられたフォーリスの苦しみも分からなくなかった。息が苦しくなり始め、気持ちが悪くなる。
 限界を迎える前に、セラはナパードで逃れる。崩れ、吹きさらしとなった魔導書館の一室だ。
「っっはぁ、っ!」
 大きく空気を求める。が、息をつく間もなく、彼女の跳んだ先へとドルンシャ帝が瞬間移動してきた。その手には魔素で作りだした剣。膝をつく彼女に問答無用に振るわれる。
「くっ……」
 疲労感の残る腕を振り上げ、その一撃を受け止めるセラ。金属と魔素のぶつかる高音と低音が鳴り響く。セラはひとまず距離を取ること考え、音の残る間に衝撃波のマカをドルンシャに放った。
 ぼわんと軽々と放物線を描くドルンシャ。だが、その背後から数発、水が放たれた。セラは立ち上がる。オーウィンを構え、焦らずに一つずつ、水を弾いていく。
 もちろん、彼女は敵から意識を外したわけではない。遠くで着地したドルンシャが高速で迫ってくる。最後の二つの水球は受け止めずに躱し、セラは駿馬で駆けだす。
 ッ、キュゥウィィドゥゥウォンッ――。
 激しくぶつかる、二本の剣。その衝撃で辺りの壊れかけていた壁がいくらか崩れ落ち、ぽちゃぽちゃと軽快なリズムを奏でた。
 鳴り止み。
 騒がしい渡界術。
 濡れたズィーがドルンシャの背後を取った。荒々しいナパードとは相反して、研ぎ澄まされた真っ直ぐな剣撃が帝の背へ振り下ろされる。
「無駄だっ」叫ぶドルンシャ。「っ!?」
 無駄ではなかった。スヴァニは張られた障壁を無視するように斬り破り、次いで張られた第二の壁も容赦なく割った。
 帝の背を斬り裂いた。
「ぐぁ……」
 倒れ込んでくるドルンシャ帝から離れるセラ。床に手を着き、耐える帝。その背には縦に真っ直ぐな刀傷。ズィーが浅めを心掛けたのだろう、振り下ろした勢いには似合わない傷具合だった。
 違う。とセラはすぐに思い直す。
 確かにズィーが浅く斬ったということもあるだろうが、今、ドルンシャ帝の背中の傷は徐々に治り始めているのだ。
「治癒のマカか」
 剣に着いた血を払いながらズィーが呟く。
「ズィー、離れて!」セラが叫ぶ。ドルンシャの背にある水が形を変えるの感じたからだ。
「遅いっ!」
 水の球たちが鋭く、針のように尖りながらズィーに迫った。
「遅くねぇ!」
 ズィーは剣を持っていない腕を振った。すると、大雑把だが力が放たれた。外在力だ。目に見えない力は水たちを押し返し、辺りに四散させた。
「防いだつもりか!」
 空間が歪む間もないほど早い瞬間移動。今度はドルンシャ帝がズィーの後ろを取った。だが、セラが動いていないわけがなく、彼よりも早く、ズィーと背中合わせになるように立って、待ち構えていた。
「後ろを取ったつもり?」
「っち!」
 舌打ちしながらも、魔素の剣を振り下ろすドルンシャ。セラは短く「はっ!」と声を上げて気魂を放つ。ドルンシャのマカはぶれたものの消えなかった。だが、押し返されてゆっくりとなった攻撃の間に、彼女は敵の腹を蹴った。
「っう……」
 腹を抱えるように後退る敵に対し、彼女はすかさず懐に入り込む。距離もないのに駿馬を使い、その勢いでドルンシャの顔を固定するように床に倒れ込む。マカの刃が脇腹をかすめ、裂いたが気にしない。
 がむしゃらだが、勝負を決めにいく。
 ドルンシャ帝の口に黒き指輪の付いた親指をねじ込む。そしてナパードをする感覚で口の中に『竜宿し』を現出させる。彼女は魔素を水には変換できないため、ただの魔素を直接口に流し、押し込んだ。
「ぅあ゛あががあがぁあああああああ!」
 それは一瞬の出来事で、ズィーがようやく振り返ったときには全て終わっていた。

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