碧き舞い花

御島いる

250:竜人と竜毒と『破界者』

「竜人も過剰に逆鱗花の葉を摂ると中毒になるの。まず鱗が剥がれ落ち始めて、その後に翼が抜ける。鱗が剥がれ始めた時点で食べるのをやめて治療すれば治るんだけど、翼が落ちたらもう駄目。破壊衝動に駆られるみたい、それも世界に対して。ディークは最初、この世界も壊そうとしたの。でも自我が残ってたのかな、島一つ壊した後に、異界に出て行ったの。それから、色んな世界を壊した……」
 たった一人の中毒症状で、多くの人の命がなくなった。セラは心を痛めた。そんな彼女を余所に、ズィーが質問を投げた。
「ディーク・グラドって、グラドだけど、グラド一家?」
「破門になったけどね。グラド姓を残したところをみると、正妻の子か能力を認められてたか……とにかく子供が多いのよ、ワィバーは」
「それ、俺もデラバンから訊いたな。自分も子どもだって自慢するようなチンピラもいるくらいだ」
 ズィーのその言葉に頷き、ウィスカは続ける。
「虹架諸島は破界者の誕生からずっとその命を奪うことを第一に考えてきた。『竜宿し』のこともあるのに、他のことで異界に迷惑かけるのはさすがに気が引けたんだろうね……。色々手を尽くしたけど、最後は二人のおかげで一段落ってわけ。あたしじゃ物足りないだろうけど、竜人を代表してお礼を言わせて」
 頭を下げるウィスカ。
「いえ、わたしたちは……功績はわたしの兄弟子とその友達で」
「そうそう。まあ、とどめ刺したのは俺だけどな」
 誇らしげに胸を張るズィー。「ちょっと、ズィー」とそれを諌めるセラ。
 ウィスカは微笑みながら顔を上げた。そして真剣な眼差しを見せる。
「二度と破界者を生まない。これが庭園管理の本当の目的」
 言い切ったかと思うと、ふっと視線を落とす。
「……実を言うと、破界者という存在が逆鱗花の管理を始めるきっかけだったの。『竜宿し』に関してはそもそも対反社会勢力班が取り締まっていただけだったの。さっきも言ったけど、今はそのついでで庭園管理班が出す量を調節して、それでも規定を超えたときにデラバンさんたちが動く」
「破界者……ディークのような竜人がまた出てくる可能性はあるんですか?」
 エァンダとサパルが長い時間をかけて追いかけ、仕留めた存在。実際には途中で異空の怪物に寄生されていたとはいえ、あの二人でも簡単にはいかなかった。そのようなことがこれからも起こるとなれば、『破界者』という問題は賢者評議会で扱うに値する問題になってくるだろう。
「ないと思うよ」
 ぱあっと明るく言ってのけるウィスカ。セラは拍子抜けしてしまう。
「もちろん、ゼロではないけど。さっき言った通り、庭園はしーっかりあたしたちが管理してるからねっ。それに今では裏社会の人でも葉っぱを齧ること減ったくらいだから」
「あーそれでジュサも使わなかったのかぁ……」
「もちろん、今でも逆鱗花の葉中毒の竜人はいるけど、破界者って呼ばれるほどまで食べるって普通無理だし。だってその前に鱗とか剥げてきて、守護団に捕まっちゃうから」
「じゃあ、なんでディークって人は止められなかったの?」
 シァンが首を傾げた。
「ちょっと、この世界の住人のシァンが訊くことぉ?」
「あやや、勉強不足なんで」と舌を出すハーフ竜人。
「はぁ、強いて挙げれば二つ。グラド一家の幹部だったことと、庭園が守護団管理じゃなかったから」
「あ、言われてみればそうだね。納得、納得」
「もう、自分でもうちょっと考えることも旅には大切だよ? そんなんで大丈夫なの?」
「まだ、あと一回分仕事しないとお金貯まらないからね。それまでの間に勉強しとくよ!」
「簡単に考え過ぎじゃない? セラちゃんからも何か言ってあげてよ」
「あはは……」セラは苦笑してから、気持ちを切り替えてしっかりとした口調で言う。「シァン。ほんと、気を付けないと駄目だよ」
「はい!」
「まあでも、普通の旅なら楽しむのが一番だろ」とズィーが口角をニッと上げる。
「おお、それもそうだね」
 顎に手を当ててふむふむというシァンだった。
 そんな彼女に溜め息を小さく吐きつつも、ウィスカは道の先を示す。
「見えてきたよ。あそこのを採りまーす」
 竜人特有の細い指が差すその場所。光の筋が顕現し、陽光に満ち溢れて輝かしい。
 今が昼間だと思い出させるその場所には、鱗のように葉が重なり合って球体を成したものが先端についた、膝ほどの高さの植物が数十本。それはセラが毒草や薬草の図鑑で見たことのある逆鱗花の特徴そのものだった。
 そして、その葉一枚一枚はやはりどこにでもあるような形。
 紛れもなく。
 今では彼女も一枚を所持している逆鱗花の葉だ。

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