碧き舞い花

御島いる

237:クラスタスがもたらすもの

「夜になると、恐らく奴が水の中に作り出した空間だろう、そこに操られている者全てが収納された。もちろん、全員が眠っていて動かない」
「そんな場所が……。みんな寝ているってことは、ゆりかご……名前を付けるとした水のゆりかご、かな」
 ユフォンは独り呟き、情報を記録していく。
「ゆりかごか、なかなか詩的だが、そんな牧歌的ではないぞ。Ms.ティーが言った通り、自身が眠っている間に人々を捕えておく、牢屋といったところだろう。が名前はこの際、どうでもいい。自由にしてくれ筆師の君」
「あ、すいません。お話の邪魔をしてしまって」
「別に構わないよ」クラスタスはユフォンに笑いかけてから続ける。「そこで俺は、奴が眠っている間にその空間を探り、かつ、俺の水をばれない程度、奴の操る水に仕込んだ」
「液状人間もクラスタスさんほどの水使いを相手にしたことがなかったんですかね。支配下に置いたことで安心しきって用心を怠った」
 ユフォンは書く手を止めずに言った。それにクラスタスは頷いた。
「生憎、水のゆりかごではこれといった何かを見つけることは出来なかった。だが、仕込んだ水からは毎晩、水の記憶を読み取った。その日に俺の水が混じった水で操られた何人かが見た光景だ。……見ているだけで何もできないというやりきれない思いはあったが、奴と繋がるあらゆる水を長い時間をかけて巡ったかいはあった。奴の深部……操作した水ではなく、本人が入り込んでいる者まで辿り着けたんだ」
「!」
 その場にいた全員が目を瞠る。そして、クラスタスは勿体ぶることなくその者の名を口にした。
「ドルンシャ帝。君たちのよく知る帝だ」
「それって、帝居で乗っ取ってからそのまま……!?」
 ユフォンの筆が加速した。
「なんだよ、結局マグリアじゃねえか」
 ズィーは自分の勘が当たっていたのだと口角を上げる。そんな彼にジュメニが言う。
「いや、そう考えるのは早いんじゃないの、ズィプくん」
「そうよ、ズィー。ドルンシャ帝だからって、マグリアにいるとは限らない。あの人は瞬間移動のマカを使えるし」
「……っああ、そうか」彼は額を軽く叩いた。「あとはセラが薬つくれば解決だと思ったのにっ」
「……」
 薬という言葉に、暗い顔を見せるセラ。そんな彼女にクラスタスが疑問を投げかける。
「薬というのは、液状人間から人を救う薬のことか?」
「ええ、薬というか、毒というか……。でも、どっちにしろ芳しくなくて」
「そうか……しかし、どういうものか訊いておこう」
 言われたセラはクラスタスに説明を始める。
 液状人間が操っている水から、本人に伝わるものがいくつかあり、その中に毒も含まれているのではと考えたこと。そこに思い至った経緯。行き詰っている現状。
「なるほど。確かに、視覚などの感覚は水を通して感じていた。俺の水がそれを記憶しているのが証明となるだろう」そこまで言ってクラスタスはしばし考え込んだ。「ふむ……痛みは遮断出来るにも関わらず、薬物からは逃げなければならないという点が引っかかる。どう考える?」
「えっと……」
 セラは考えながら口を開いた。
「水は繋がってる……。さっきあらゆる水を巡ったって言いましたよね?」
「ああ」
「それってつまり、夜のうちにクラスタスさんは水を忍ばせて、次の日の夜にその水から情報を得るってことですよね?」
「ああ、そうだ。説明が不足してたな、すまない」
「いいえ、少し考えればわかることなので大丈夫です。それで、そのことから考えると、誰か一人が毒された状態で水のゆりかごに戻ると、そこにいる全員に毒が回ってしまうんじゃないかと思います。毒ですぐに死んでしまったなら一人の被害で済むけど、もし、死に至るのに時間がかかる毒だったら? 操作できる人の数が一気に減ることになる」
「そうか、なるほどな。それでいて、触った水を自分の支配下における能力を持つ液状人間だ、これは不確かだが、本人にまで毒が回るということも考えられなくはないだろう」
「はい。だから毒が入ってくる前にわたしたちから出て行った」
「うん」クラスタスは大いに頷いた。「いい方法だと思うぞ、毒という方法」
「はい……完成すればですけど」
「そこは、セラが頑張んねぇとな」
 ズィーが励ますように明るく言った。
「ズィプ、簡単に言うなよ。セラだって一生懸命だよ」
「二人とも、喧嘩しないでよ。絶対作ってみせるから、ちょうどいい強さの毒」
「ちょっといいか」
 クラスタスがしばし思案顔を見せた後、セラを見た。
「俺は薬や毒には詳しくないし、異世界の技術や情勢にも疎い方だ。その少ない知識からだが、提案してもいいか?」
「?」
 セラは小さく首を傾げた。
「竜毒の治療は確立されているのではないか?」
 セラは小さく息を呑んだ。

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