碧き舞い花
229:糸口
何か方法は?
セラは戦いの中、液状人間の浸透寄生からクラスタスを、人々を解放する手立てを探る。敵を前にして考えられるのは絶好の好機なはずだ。
「弱々しいな。『紅蓮騎士』のようにひと思いに斬ればいいものを。ああ、それともお前にはできないのか?」
クラスタスの声で減らず口を叩く液状人間。感じられるのはやはりクラスタスという人間の気配一つだけだ。
気配さえ探れれば中身だけ斬ることができる。セラのその考えは最初から変わっていない。だからずっと思考を巡らせている事がある。
どうして気配が読めないのか?
気配は霊体のヒュエリでさえ持っているものだ。どんなに小さな気配だろうと、そこに存在しているのなら感じ取れるはずなのだ。
身体が水であろうとも、そこに人としての命があるのなら、気配が読めないのはおかしな話だ。
それなのに、ズィーに寄生しようとして失敗し外に出て来たときすら、まったく気配が感じられなかった。
気読術が未熟なのだろうか。
セラはそこを落としどころにするのはどうにも間違っているとしか思えなかった。自らの気読術の自信があるからというわけではない。未だ兄弟子を超えることは出来ていないとわきまえている。
ならば故意に隠していて、それがセラの気読術を上回っていると考えるべきか。
「色々考えているようだな。そんなに考えて何ができるというんだ?」
苛立たしく思えてきたセラフィ。一撃、強烈なものをお見舞いした。もちろん、急所となりうる箇所は精確に避けて。
「ぉ……!」クラスタスから血が飛ぶ。「なんだ、斬れるじゃないか。とうとう殺すしかないと、考えるのをやめたのか?」
なんとも平然とした物言いだ。浅いとはいえ苦痛の声一つ上げなかった。
苦痛……。
四年前の記憶がふと彼女の頭に過った。
エァンダを乗っ取った怪物は碧きヴェールを纏った彼女に腹を斬られたとき、痛みに表情を歪め空へと逃げた。
仮に怪物が液状人間の力を持ってして寄生を繰り返していたのなら、この差はなんだ。
今は悪魔と形容されるその怪物の気配は読め、痛みを与えることができる。
今、前にいる液状人間は気配を読めず、痛みを感じている様子はない。
思い返してみれば、ズィーが致命的な傷を与えたときもクラスタスの悲鳴はなかった。それに、ユフォンが大方傷を塞いだとはいえ、セラが加減しているとはいえ、立ち回りができる怪我ではないはずだ。いきなり起き上がり、部屋を大破させることなど出来るはずがない。
ずっと考えていたこと。ふと浮かんだ考え。今まで見てきた出来事。
セラの頭の中で数多の情報が混ざり始める。
――これは糸口だ。
勘だった。セラの勘だった。
セラの勘なのだから、当てずっぽうとはわけが違う。
勘であることに違いはないが、セラの勘なのだ。
多くの見聞を持つ者の勘は、驚異となりうる。そう言ったのは彼女が旅の途中で出会った『流浪の賭博師』だという。
セラはフッと口角を上げた。自らの勘が脅威と呼べるかどうかは別として、考えはまとまった。あとはそれが正しいのかどうかを確かめるだけだった。
確認したいことはいくつかある。
「なんだ? 何が面白い?」
「さあね、教えない」
セラはクラスタスの目をじっくりと見た。まるで中の液状人間を覗くかのように。
「わたしの中に入って確かめてみたら?」
「負けを認めるのか。部外者のお前が? この世界の人間に断りもなく? ああ! そうか、お前には関係ないもんな、この世界は。なんなら、逃げてもいいんだぞ? 『碧き舞い花』の身体は色々な意味で惜しいが、その内手に入れればいい。今は勢力拡大が優先だ」
「他の世界にも行く気? 尚更わたしの力が欲しいんじゃない?」
「わざとらしい挑発だ。何かあるんだろうが……いいだろう、そんなにおれに征服されたいならしてやるさっ!!」
クラスタスの身体から水が溢れ出た。クラスタス本人は地面に力なく伏す。ジュメニの時と同じだ。
透明な液体が太陽の光を反射している。これが黒ければ異空の怪物だろうと、セラはどこか暢気に考えていた。そして――。
セラに襲い掛かる水。
包み込み、浸透してゆく。
ひんやりと心地よく、眠りに誘われているようだ。戦いの最中でなかったら、簡単に眠っていたかもしれない。ズィーもそうだったのだろうか。
状況が状況だというのに、セラはズィーに意識を向けていた。彼は動かず、跳んだ先に留まっていた。
「セラちゃん!」
いつの間にかヒュエリも外にできていたようで、かなり慌てた様子で叫んでいる。セラは身体に纏わりつく水の中、そんな司書に笑みを浮かべて見せた。
「マカを! 身体を熱してくださいっ!!」
彼女の笑顔は意味がなかったようだ。水が全て体に入り込むのを見て、ヒュエリはさらに必死に声をかけてくる。
司書様の必死さに応えるように、セラはまず灼魂を使った。彼女のそれはズィーに劣る。それでも一つずつ検証していこうと考えての行動だ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――!」
麗しき純白の肌に桃色が差す。
「『紅蓮騎士』と同じ技か。でも駄目だろう、それは」
体の中か声が聴こえた。それでも気配はない。
そして、出ていく様子もない。
ならばと次に彼女が使用したのはマカだ。臍下丹田より力を絞り出し、自身を加熱する。
じわりたらりと汗。
ヒュエリたちの体験の成果として、加熱系のマカでなら液状人間の浸透寄生に呑まれることはないという。
しかしどうだろう、身体の中から聞こえてくるのは下卑た高笑いだった。
セラは戦いの中、液状人間の浸透寄生からクラスタスを、人々を解放する手立てを探る。敵を前にして考えられるのは絶好の好機なはずだ。
「弱々しいな。『紅蓮騎士』のようにひと思いに斬ればいいものを。ああ、それともお前にはできないのか?」
クラスタスの声で減らず口を叩く液状人間。感じられるのはやはりクラスタスという人間の気配一つだけだ。
気配さえ探れれば中身だけ斬ることができる。セラのその考えは最初から変わっていない。だからずっと思考を巡らせている事がある。
どうして気配が読めないのか?
気配は霊体のヒュエリでさえ持っているものだ。どんなに小さな気配だろうと、そこに存在しているのなら感じ取れるはずなのだ。
身体が水であろうとも、そこに人としての命があるのなら、気配が読めないのはおかしな話だ。
それなのに、ズィーに寄生しようとして失敗し外に出て来たときすら、まったく気配が感じられなかった。
気読術が未熟なのだろうか。
セラはそこを落としどころにするのはどうにも間違っているとしか思えなかった。自らの気読術の自信があるからというわけではない。未だ兄弟子を超えることは出来ていないとわきまえている。
ならば故意に隠していて、それがセラの気読術を上回っていると考えるべきか。
「色々考えているようだな。そんなに考えて何ができるというんだ?」
苛立たしく思えてきたセラフィ。一撃、強烈なものをお見舞いした。もちろん、急所となりうる箇所は精確に避けて。
「ぉ……!」クラスタスから血が飛ぶ。「なんだ、斬れるじゃないか。とうとう殺すしかないと、考えるのをやめたのか?」
なんとも平然とした物言いだ。浅いとはいえ苦痛の声一つ上げなかった。
苦痛……。
四年前の記憶がふと彼女の頭に過った。
エァンダを乗っ取った怪物は碧きヴェールを纏った彼女に腹を斬られたとき、痛みに表情を歪め空へと逃げた。
仮に怪物が液状人間の力を持ってして寄生を繰り返していたのなら、この差はなんだ。
今は悪魔と形容されるその怪物の気配は読め、痛みを与えることができる。
今、前にいる液状人間は気配を読めず、痛みを感じている様子はない。
思い返してみれば、ズィーが致命的な傷を与えたときもクラスタスの悲鳴はなかった。それに、ユフォンが大方傷を塞いだとはいえ、セラが加減しているとはいえ、立ち回りができる怪我ではないはずだ。いきなり起き上がり、部屋を大破させることなど出来るはずがない。
ずっと考えていたこと。ふと浮かんだ考え。今まで見てきた出来事。
セラの頭の中で数多の情報が混ざり始める。
――これは糸口だ。
勘だった。セラの勘だった。
セラの勘なのだから、当てずっぽうとはわけが違う。
勘であることに違いはないが、セラの勘なのだ。
多くの見聞を持つ者の勘は、驚異となりうる。そう言ったのは彼女が旅の途中で出会った『流浪の賭博師』だという。
セラはフッと口角を上げた。自らの勘が脅威と呼べるかどうかは別として、考えはまとまった。あとはそれが正しいのかどうかを確かめるだけだった。
確認したいことはいくつかある。
「なんだ? 何が面白い?」
「さあね、教えない」
セラはクラスタスの目をじっくりと見た。まるで中の液状人間を覗くかのように。
「わたしの中に入って確かめてみたら?」
「負けを認めるのか。部外者のお前が? この世界の人間に断りもなく? ああ! そうか、お前には関係ないもんな、この世界は。なんなら、逃げてもいいんだぞ? 『碧き舞い花』の身体は色々な意味で惜しいが、その内手に入れればいい。今は勢力拡大が優先だ」
「他の世界にも行く気? 尚更わたしの力が欲しいんじゃない?」
「わざとらしい挑発だ。何かあるんだろうが……いいだろう、そんなにおれに征服されたいならしてやるさっ!!」
クラスタスの身体から水が溢れ出た。クラスタス本人は地面に力なく伏す。ジュメニの時と同じだ。
透明な液体が太陽の光を反射している。これが黒ければ異空の怪物だろうと、セラはどこか暢気に考えていた。そして――。
セラに襲い掛かる水。
包み込み、浸透してゆく。
ひんやりと心地よく、眠りに誘われているようだ。戦いの最中でなかったら、簡単に眠っていたかもしれない。ズィーもそうだったのだろうか。
状況が状況だというのに、セラはズィーに意識を向けていた。彼は動かず、跳んだ先に留まっていた。
「セラちゃん!」
いつの間にかヒュエリも外にできていたようで、かなり慌てた様子で叫んでいる。セラは身体に纏わりつく水の中、そんな司書に笑みを浮かべて見せた。
「マカを! 身体を熱してくださいっ!!」
彼女の笑顔は意味がなかったようだ。水が全て体に入り込むのを見て、ヒュエリはさらに必死に声をかけてくる。
司書様の必死さに応えるように、セラはまず灼魂を使った。彼女のそれはズィーに劣る。それでも一つずつ検証していこうと考えての行動だ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――!」
麗しき純白の肌に桃色が差す。
「『紅蓮騎士』と同じ技か。でも駄目だろう、それは」
体の中か声が聴こえた。それでも気配はない。
そして、出ていく様子もない。
ならばと次に彼女が使用したのはマカだ。臍下丹田より力を絞り出し、自身を加熱する。
じわりたらりと汗。
ヒュエリたちの体験の成果として、加熱系のマカでなら液状人間の浸透寄生に呑まれることはないという。
しかしどうだろう、身体の中から聞こえてくるのは下卑た高笑いだった。
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