碧き舞い花

御島いる

220:訪れた理由

「だいぶ塞がってきたね」
 クラスタスの治癒を再開したユフォンに、セラは訊く。
「それだけの傷でも、浸透されたままなのかな?」
「う~ん、どうだろう。今は完全に気を失ってるから。目が覚めないことには本人か液状人間かは分からないよ。セラの超感覚は?」
「だめ。マグリアでブレグさんに会ったけど、完全に気配はブレグさんだった」
「そっか。セラでも中のやつを感知できないなんて」
「悪魔の気配は分かるんだけどな……」
「悪魔? なんだいそれは」
「私の兄弟子に寄生した怪物」
 セラはヒュエリから浸透寄生のことを訊いた時からずっと考えていたのだ。ドクター・クュンゼの怪物は液状人間の特性を持っているのではないかと。
 もしそうであるのなら、ホワッグマーラに来た本来の目的に加え、大きな副産物を得ることができるかもしれない。
 兄弟子のエァンダを救う方法。
 液状人間の浸透寄生を解決することで、悪魔の寄生から彼を取り戻す術を得ることができるかもしれないのだ。
「チャチは覚えてる?」
「あ、うん。僕は部外者だって怒られた」
「ふふ」セラはその時の場面を思い浮かべて笑い、続ける。「そのチャチの故郷ジュコにはクュンゼさんっていう小人がいるんだけど」
「あ! ドクター・クュンゼってチャチが言ってたね」
「そこまで覚えてるの? 部外者なのに?」セラは冗談めかして返す。
「筆師にとって記憶力は筆と紙と同じくらい大事なものだよ」ユフォンは治療に集中しながらも肩を上下させた。「続けて」
「うん。そのドクターがフェースに手を貸す見返りに異空中の生物の生体サンプルを貰ってたの。異空の霊長生物を造るために」
「わぁ、それはすごい研究だね。で、その研究でできたのが異空の怪物?」
「そう。未完成のまま異空に放たれて、自分を成長させるために色んな生物への寄生を繰り返したらしいの。それで今、わたしの兄弟子エァンダの身体を我が物にしてる。『世界の死神』、『異空の悪魔』……今じゃ評議会は『夜霧』と同じくらい力を入れて捜索、捕縛を目指してる」
「……色々と知らない言葉が出てきたな。異空でそんなことが起きてたのか……今のホワッグマーラは完全に鎖界さかい状態だから、情報が入ってこないんだ」
「そうだよね。わたしもホワッグマーラがこんな状況だったなんて、知らなかった。知ってたら、もっと早く来たのに」
「大丈夫だよ。君が来てくれた、それだけで」
 ユフォンはクラスタスの治癒を終わりにした。だいぶ傷口は塞がっているがこれが限界なのだろう。
「後はわたしが処置しとくよ」
 セラはユフォンと場所を変わり、薬カバンから軟膏の入った瓶や包帯を、行商人のバッグから水筒を取り出した。そのとき、水筒につられて一枚の紙片が出てきた。
 音もなく落ちたそれを拾い、セラはユフォンに苦笑いを向ける。
「ユフォン達筆すぎて読めなかったよ、手紙」
「えっ! ははっ……それはごめん。今度から気を付けるよ」
「なんて書いてあったの、これ」
「『夜、街から人がいなくなるまで部屋で静かにしておくように。人の気配がなくなったら、魔導書館の禁書迷宮に来て。鍵は開いてるから構わず入って。説明はそれからするよ』って。ま、今となってはその役目は終わっちゃったから、捨てちゃっていいよ」
「ううん、持っておくよ」
 大した理由はなかったが、何故だか捨てようとは思えず、彼女はバッグに手紙を戻した。
 それから水筒の水で自分の手を洗い、怪我人の傷口を洗い流す。布で水気を取る必要はなかった。ホーンノーレンの空気がすぐさま、ごくごくわずかな雫まで飲み干したのだ。
「じゃ、今度は僕が訊く番。『世界の死神』とかはその悪魔の通り名だとして、評議会ってなんだい?」
「賢者評議会」ユフォンの残した傷口に軟膏を塗り始めるセラ。「ゼィロス伯父さんが各世界から賢者たちを集めて組織したの。『夜霧』を壊滅させるためにね。今じゃ、異空の秩序を守る集まりって知られてる」
「そっか。で、その評議会の一員である二人がホワッグマーラに来たわけは? 今さっき君も言ったけど、現状を知ることは出来なかっただろ?」
 ユフォンに魔闘士の上体を起こしてもらい、そこに包帯を巻いていく。
「ヒュエリさんは二代目『魔導賢者』でしょ? 正式に誘いに来たの。それと、ブレグさんたちにも協力をお願いしに」
「戦力増強ってことだ。ちなみに、その中に僕は?」
「え、っと……ヒュエリさんの付き人って立ち位置、かな?」
「ははっ……まあ、そうだよね」
 包帯を巻き終え、ゆっくりとクラスタスを寝かせると二人は立ち上がる。
「もしヒュエリさんが思念化のマカの研究で忙しそうにしてても、色んな世界の人と関わることで、いい刺激にもなるかなってことで誘おうとしてたんだけど……。そもそも研究してる場合じゃなかったんだもんね」
「そんな交渉材料みたいなもの考えなくても、ヒュエリさんなら喜んで協力するのに」
「わかんないじゃん。ヒュエリさんすごい興奮してたし、できるなら没頭したいと思うし」
「ああ……ヒュエリさんならそれもありえるかもしれないなぁ……」
「わたしがなんですか?」
 ヒュエリが一人やってきた。ズィーたちのいる場所では幽体のヒュエリが友を拘束していた。
「……」セラは少しばかり考えてから口を開く。「ヒュエリさん、帝居で見た緑色の人覚えてますか?」
「…………緑色の………………人?」
 幾度か瞬きをするヒュエリ。過去を振り返っているのだろう。
「ふぇ~っ!?」
 突然頓狂な声を上げた。そして口角を下げ、今にも泣き出しそうな顔をする。
 セラは失敗したと思った。
 司書は四年前に彼女を勧誘しに来たクァイ・バルのカッパをお化けだと言ったのだった。評議会について話す足掛かりに、過去の出来事を持ち出したが悪手だった。
「緑の、ヌメヌメ、ヌメヌメ、ヌメヌメ……」
 呪文でも唱えるかのようにヌメヌメと繰り返すヒュエリの様に、彼女が評議会に入ったとしてカッパと対面してしまったらどうなってしまうのだろうとセラは不安に思うのだった。

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