碧き舞い花

御島いる

217:薄群青の都

 ヒュエリがロケットを手に取る。通話の魔具だ。
「はい、ヒュエリです」
「ははっ、よかった、ハァ……繋がった」
 ロケットからは息を切らした筆師の声が聴こえてきた。思わずセラが声を上げる。「ユフォン!」
「っ! セラかい、ははっ! 君なら無事だと、思ってたよ。君まで、ハァ、敵の手に落ちたとなったら、僕はもう……ああ、ごめんよ、ははっ。いろいろ話がしたいけど、また会った時に。ヒュエリさん」
 わずかに震えた声でそう言ったユフォンはヒュエリに向かって話を進める。
「ホーンノーレンに現れたのはワールマグの英雄、クラスタス・ユル・リュリュス。それからジュメニさんでした」
「ジュメニ……!」悲壮な表情で呟くヒュエリ。
「そっか、当然ジュメニさんも敵側ってことだよな……」
「ユフォンくん、そのままヤーデンさんたちのサポートをお願いします。わたしも、セラちゃんたちを連れて向かいます。ホーノーレンはホワッグマーラ最後の砦、落とすわけにはいきません」
「分かりました」ユフォンの息が整ってきた。「……セラ、待ってる。ドードくんも。それから、いるんだろ、ズィプ」
「ああ、いるよ。ついでみたいに言うな」
「ははっ……二人が来てくれてよかった。それじゃあ、ホーンノーレンで」
 ジッ…………。
 通話が途切れた。
 ペンダントをゆっくりと胸元に下ろすヒュエリにセラは尋ねる。
「ヒュエリさん、みんなを元に戻す方法はあるんですか? それに、わたしたちが浸透寄生されない対策も」
「そうだよな、戦いに行って敵になっちまったら意味がない」
「ごめんなさい、寄生された人の戻し方は分かりません」
 伏し目がちに言ったヒュエリ。セラとズィーは落胆の声を漏らす。それを取り払うように、活気のある声で「ですが」とヒュエリが顔を上げた。
「身体を乗っ取られない方法はあります。加熱系統のマカです。液状人間の弱点は乾燥や蒸発です。ちょっとでも体に入られたら、自身の体温を限界まで上げるんです。すでに乗っ取られてしまった方には意味がありませんでしたが、自分が残っている状態なら対抗できます。ユフォンくんもこのおかげで外に出ることができています」
「ヒュエリさん、それはマカじゃなくてもいいんすか?」
 ズィーが訊く。彼はマカが使えないからだ。
「大丈夫だと思います。でも、あの空気を纏うやつでは駄目だと思いますけど、他に何か、マカに変わる方法を?」
「俺を外在力だけの男だと思ったら大間違いだぜ、ヒュエリさん」
「そうですね」頼もし気なユフォンにヒュエリは頬を緩めた。が束の間表情を引き締める。「ではすぐに行きましょう。わたしのマカで。わたしに触れてください」
 言ったヒュエリの肩にセラ、ズィー、ドードが手を置く。そして、何故だかジェルマド老人も手を伸ばす。触れたのは小さな司書のお尻だった。
「ひゃぁいっ!」
「おい、爺さん! こんな時にふざけるなよっ!」ズィーが老人の手を払う。「どうせ一緒に来ないんだろ?」
「まあな」ジェルマドは行動とは一致しない真面目な顔で言う。「だが、気を付けるのじゃぞ、ヒュー、ドード、舞い花の娘よ」
「俺はっ……もういいや」ズィーが諦めの言葉をぽつりと独りごちた。
 ジェルマド老人は構わず続ける。「ホーンノーレンは数ある都の中で唯一まともな水源を持たぬ地じゃ。そこまで水人間が足を伸ばしたということは、それだけ力をつけたということだ」
「はい。心得ています、大先生」
 ヒュエリは頷く。そして、いくつかの水晶がはめられた銀細工のブレスレットの中から黒水晶を光らせた。四人の姿が渦を巻くように歪む。セラの知るユフォンの瞬間移動と同じ歪み方だった。渦巻きが逆回転であることを除いて。


 乾燥し割れに割れた大地に囲まれた都市。ホーンノーレン。
 元々は巨大な岩々が立ち並ぶ旱魃かんばつ地帯だったところを、ホーンノーレン初代帝が岩々を切り削り造った都市だそうだ。
 そのほとんどの建物がノーレンブルーと呼ばれる薄群青色の顔料を主として塗られていて、そこを訪れる人々はまず、あたりの砂色、岩色とは打って変わった華やかで鮮やかな街並みに息を漏らすことだろう。
「うわっ、きれい……」
 これまた岩を削って作られたホーンノーレンの門の前、セラも例に漏れることなく息を漏らした。

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