碧き舞い花
214:再会の抱擁
まばゆい光に包まれた。
光によって閉ざされた視界が開ける。
サファイアに映ったのは紫とピンクが混じった色の空。そして、街灯の少ないマグリアの規則正しい街並みだった。
ここは司書室だ。
「セラちゃ~んっ!」
窓の方を向いていた彼女の背後。懐かしい気配が迫ってくる。彼女はタイミングを合わせて振り返り、灰銀髪の女性の抱擁を快く受け止めた。
「ヒュエリさん」
「うじゃ~……セラちゃんです! やっぱり来てましたぁ~よ~……」
ヒュエリ司書はセラの腹で盛大に涙を流した。ここで重要なのはセラの腹でのところだ。
「ヒュエリさん……実体、ですよね?」
一瞬自分が長身の世界の住人になってしまったのではないかとセラは思った。
ヒュエリは幽体化のマカを使う。セラの知っているそれは、本体より小さくなった準幽体がその体から出てくるというものだ。小さくなるのは霊体の方だけ。だがどうだろう、今目の前にいるヒュエリ・ティーは、本体であると感覚が言っているにも関わらず、セラと大きく身長に開きがあるのだ。
元々二人には大して身長に差がなかった。四年弱の月日がセラを成長させたとしても、これほどに差が開くわけがない。
「ぅえ~っ、はひ……そうなんですぅよぉ~」
セラに腕を回したまま、涙に濡れた顔で見上げるヒュエリ。年上相手なうえに、今のマグリアの状況にはそぐわないがセラは小さな司書を愛くるしいと不意に思ってしまった。
セラは屈み、ヒュエリと目線の高さを合わせる。
「どうして本体なのに、小さく?」
「あまりにも多くの幽体に自分を分けてると、こうなってしまうみたいなんです。かれこれ、三年はこの姿ですよ、わたし」
「三年……!?」
それほど前からマグリアはこのような状態だったのだろうか。
「ヒュエリさん、マグリアは……?」
「マグリアだけではありません、セラちゃん。この問題はホワッグマーラ全土までその範囲を広げています」
ヒュエリが真剣な面持ちでいざ説明をはじめようとしたその時だった。
「お前は出てかんか、小僧。男はお断りじゃ」
今しがたまで姿を消していたジェルマド・カフ老人がどこからともなく現れ、ズィーにしっしと手を振る。
「んでだよ、じいさん。ドード、それにユフォン。二人も男がいるじゃないか。一人くらい増えても……」
「ふんっ。この子は別ものじゃ」とジェルマドは傍に立つドードの頭を撫でた。「あの筆師は書を愛す者故認めた。認めたくはなかったがのぉ、あそこまで造詣があっては仕方あるまい」
「え~、俺だって文字とか言葉とかには関わりあるんだけど。いいか、じいさん。ナパスの民のなかでピャストロン家といったら識字力の高さが――」
「黙れっ、小僧! 誰が高説を垂らせと言った」
「なっ……話すら聞いてもらえねえのかよっ!?」ズィーはそう驚き、次いで誰にも聞こえないような、もちろんセラの聴覚には届いていたが、独り言を呟いた。「っかぁ……ユフォンの奴どうやって取り入ったんだよ」
「あ、そういえばユフォンは! ヒュエリさん!」
セラはホワッグマーラの状況の前にここにいるとドードが言っていたユフォンのことを訊く。なんせ彼女の感覚は幻想の中に入った今でも、彼の気配を感じ取れていなかったのだ。
「ユフォンくんならホーンノーレンに行ってますよ。昨日ファントムくんたちが二人を見つけてから、ソワソワしてたんですよ、セラちゃんにすごく会いたがっていたんです。けど、急を要する事態がついさっき起きてしまって……無理にでも止めておけばよかったですね……」
ホーンノーレンはホワッグマーラにある別の都市だ。どれほど離れているかは分からないが、都市と都市が近いはずがない。つまりユフォンは瞬間移動のマカを使ったはずだとセラは考えた。都市間を移動できるほどに成長し、世界のために汗を流している。そんな彼の姿を想像して、セラは笑顔で首を横に振った。
「いえ、いいんです。ユフォンがこの世界のために動いてるなら、わたしは止めるわけにはいかないですから」
「そう、ですか?」
「はい。さ、ヒュエリさん。状況を教えてください。わたしも、ズィーもホワッグマーラのためなら力を尽くしますから」
セラの言葉を聞いていたらしく、ズィーが「おうっ!」と声を上げた。
「黙れ、小僧!」
とにかくズィーが声を発するのが嫌なのか、ジェルマドが怒鳴る。
「今は爺さまに言ったんじゃないと思うっすよ!」とドードが単純に真実を口にする。
「むむっ、そうであったな」わざとらしく納得する老人。「そうじゃそうじゃ、小僧と関わっている場合ではない。碧き花の娘との再会の抱擁をせねばっ」
ジェルマド老人は頬を緩ませ、ぼんやりとズィーとドードのもとから姿を消すと、ヒュエリと同じ高さになっていたセラの横にぼんやりと現れた。幻想世界限定ではあるものの思念体である彼だからこそできる動作なき移動だった。
「おおっ……!?」驚きの声を上げるズィー。
セラは再会の挨拶を一言述べようと、立ち上がる。「お久し、ぃっちょ!?」
「娘よ、久方ぶりじゃな」
ヒュエリのものとは違う、わさわさと手が動きに動く抱擁。
セラは純白の頬を朱に染めるのだった。
光によって閉ざされた視界が開ける。
サファイアに映ったのは紫とピンクが混じった色の空。そして、街灯の少ないマグリアの規則正しい街並みだった。
ここは司書室だ。
「セラちゃ~んっ!」
窓の方を向いていた彼女の背後。懐かしい気配が迫ってくる。彼女はタイミングを合わせて振り返り、灰銀髪の女性の抱擁を快く受け止めた。
「ヒュエリさん」
「うじゃ~……セラちゃんです! やっぱり来てましたぁ~よ~……」
ヒュエリ司書はセラの腹で盛大に涙を流した。ここで重要なのはセラの腹でのところだ。
「ヒュエリさん……実体、ですよね?」
一瞬自分が長身の世界の住人になってしまったのではないかとセラは思った。
ヒュエリは幽体化のマカを使う。セラの知っているそれは、本体より小さくなった準幽体がその体から出てくるというものだ。小さくなるのは霊体の方だけ。だがどうだろう、今目の前にいるヒュエリ・ティーは、本体であると感覚が言っているにも関わらず、セラと大きく身長に開きがあるのだ。
元々二人には大して身長に差がなかった。四年弱の月日がセラを成長させたとしても、これほどに差が開くわけがない。
「ぅえ~っ、はひ……そうなんですぅよぉ~」
セラに腕を回したまま、涙に濡れた顔で見上げるヒュエリ。年上相手なうえに、今のマグリアの状況にはそぐわないがセラは小さな司書を愛くるしいと不意に思ってしまった。
セラは屈み、ヒュエリと目線の高さを合わせる。
「どうして本体なのに、小さく?」
「あまりにも多くの幽体に自分を分けてると、こうなってしまうみたいなんです。かれこれ、三年はこの姿ですよ、わたし」
「三年……!?」
それほど前からマグリアはこのような状態だったのだろうか。
「ヒュエリさん、マグリアは……?」
「マグリアだけではありません、セラちゃん。この問題はホワッグマーラ全土までその範囲を広げています」
ヒュエリが真剣な面持ちでいざ説明をはじめようとしたその時だった。
「お前は出てかんか、小僧。男はお断りじゃ」
今しがたまで姿を消していたジェルマド・カフ老人がどこからともなく現れ、ズィーにしっしと手を振る。
「んでだよ、じいさん。ドード、それにユフォン。二人も男がいるじゃないか。一人くらい増えても……」
「ふんっ。この子は別ものじゃ」とジェルマドは傍に立つドードの頭を撫でた。「あの筆師は書を愛す者故認めた。認めたくはなかったがのぉ、あそこまで造詣があっては仕方あるまい」
「え~、俺だって文字とか言葉とかには関わりあるんだけど。いいか、じいさん。ナパスの民のなかでピャストロン家といったら識字力の高さが――」
「黙れっ、小僧! 誰が高説を垂らせと言った」
「なっ……話すら聞いてもらえねえのかよっ!?」ズィーはそう驚き、次いで誰にも聞こえないような、もちろんセラの聴覚には届いていたが、独り言を呟いた。「っかぁ……ユフォンの奴どうやって取り入ったんだよ」
「あ、そういえばユフォンは! ヒュエリさん!」
セラはホワッグマーラの状況の前にここにいるとドードが言っていたユフォンのことを訊く。なんせ彼女の感覚は幻想の中に入った今でも、彼の気配を感じ取れていなかったのだ。
「ユフォンくんならホーンノーレンに行ってますよ。昨日ファントムくんたちが二人を見つけてから、ソワソワしてたんですよ、セラちゃんにすごく会いたがっていたんです。けど、急を要する事態がついさっき起きてしまって……無理にでも止めておけばよかったですね……」
ホーンノーレンはホワッグマーラにある別の都市だ。どれほど離れているかは分からないが、都市と都市が近いはずがない。つまりユフォンは瞬間移動のマカを使ったはずだとセラは考えた。都市間を移動できるほどに成長し、世界のために汗を流している。そんな彼の姿を想像して、セラは笑顔で首を横に振った。
「いえ、いいんです。ユフォンがこの世界のために動いてるなら、わたしは止めるわけにはいかないですから」
「そう、ですか?」
「はい。さ、ヒュエリさん。状況を教えてください。わたしも、ズィーもホワッグマーラのためなら力を尽くしますから」
セラの言葉を聞いていたらしく、ズィーが「おうっ!」と声を上げた。
「黙れ、小僧!」
とにかくズィーが声を発するのが嫌なのか、ジェルマドが怒鳴る。
「今は爺さまに言ったんじゃないと思うっすよ!」とドードが単純に真実を口にする。
「むむっ、そうであったな」わざとらしく納得する老人。「そうじゃそうじゃ、小僧と関わっている場合ではない。碧き花の娘との再会の抱擁をせねばっ」
ジェルマド老人は頬を緩ませ、ぼんやりとズィーとドードのもとから姿を消すと、ヒュエリと同じ高さになっていたセラの横にぼんやりと現れた。幻想世界限定ではあるものの思念体である彼だからこそできる動作なき移動だった。
「おおっ……!?」驚きの声を上げるズィー。
セラは再会の挨拶を一言述べようと、立ち上がる。「お久し、ぃっちょ!?」
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